第50章「またね」
ステージの照明が、再び静かに灯る。
田村はミキサー席に腰を下ろし、ヘッドフォンを耳にかけた。
ステージ中央、片寄結衣が一歩前へ出る。
「初めまして。〈レゾナンス〉です」
まっすぐな目で、真摯に語る。
「この場所に立てたこと、皆さんに感謝します」
その言葉と共に、スピーカーから田村の作ったトラックが流れ始める。
──DREAMS COME TRUE「またね」
4人の演奏が重なり、
そこに片寄の歌声がそっと乗った。
「♪そっか、やっぱ行くんだ〜」
彼女の歌は、技術ではなく、感情を優先する音だった。
温かくて、やわらかくて、まるで誰かの手を握るように優しい。
その歌が、会場を包んだ。
サビで何度も繰り返される──「またね」という言葉。
観客のあちこちで、涙が流れていた。
ミキサー席の田村が呟いた。
「……うーん、最高だ。……この声が、欲しかったんだよ」
曲が終わる。
「ありがとうございました」
片寄の一礼とともに、鳴り止まぬ拍手が会場を包む。
ステージを降りた櫻井が、美月たちのもとに駆け寄った。
「どうだった?」
「最高だったよ! すごいバンドになったね!」
「ピアノ、良くなってるわ」という麻耶の言葉に櫻井は泣き出してしまう。
有村のもとへ、警備会社の先輩が腕を組んでやってきた。
「お前、食っていけるよ!」
「ありがとうございます……まぁ、先輩の評価はあてにならないですけど」
ギャルたちは「ウケる〜!」と笑いながら盛り上がっていた。
矢吹と田村が、田辺と高橋に囲まれる。
「最高だったぞ!」と橋本が背後から声をかけたそのとき──
「田村くん。……ここの管理、俺たちにやらせてくれないか?」と高橋が言った。
「え!? 本気ですか!?」
「おう。お前らの、居場所くらい守らせてくれ」
「はは、いい歳して出来んのかよ?」と矢吹が笑う。
「うるせぇ……」と田辺は少し照れながらも、「いつでも帰ってこいよ」と背を向ける。
その背中に、矢吹が言った。
「──ありがとうございました」
はじめて、矢吹が敬語を使った瞬間だった。
「瑛太!?」と宮下が声をあげた。
先生に手を引かれ、瑛太が会場に入ってくる。
「来てくれたのか!」
「……うん」
「そんな顔すんなよ。どうだった?」
「兄ちゃん……」
瑛太は背中からギターを取り出した。
そして──Fコードを鳴らす。
「すげぇだろ!!」
にっこり笑う瑛太に、宮下は思わず目を潤ませた。
「ああ……お前には勝てないよ」
やがて、観客が帰り始め、空が夕焼け色に染まる。
機材を片付け終えた田村が声をかけた。
「……さて、行きますか」
片寄が一台のワゴン車を見て目を丸くする。
「えっ、これ……できたの?」
「おう。俺たちで仕上げた。早く乗れよ」と矢吹が言う。
ぎゅうぎゅうの車内。
片寄は後部座席に身をねじ込みながら、ぽつりとつぶやいた。
「……はぁ。入るとこ、間違えたかしら」
でもその顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
「──しゃあ!! 行くぞ東京!!」
田村の声が響くと同時に、車が走り出す。
ギター、ベース、ドラム、ピアノ、ボーカル。
全部を乗せて、未来へと加速していく。
“またね”の言葉を背中に──
彼らの新しい物語が、始まった。




