第49章「ありがとうの音」
午前十時、ライブハウスの前に、すでに長蛇の列ができていた。
「うわ、こんなに……」
橋本さんは思わず汗を拭いながら、急ごしらえのモニターをセッティングしていた。
「橋本さん、休みなのにすいません!」
駆けつけた田村が頭を下げる。
「なに言ってんだよ、こんなのすぐ出来るさ! 管理人のおっちゃんも連れて来てるぞ!」
その頃、扇風機片手に美月たち〈Noël〉と山崎麻耶が来場していた。
「来てくれたんだ!」と櫻井が駆け寄る。
「当たり前じゃん!」と美月。「由奈ちゃんと結衣の初セッション、見逃すわけないでしょ!」
ライブハウス内では、レストランのオーナーがテーブルに料理を並べていた。
「助かります、オーナー! 最後までお世話になりっぱなしですね!」
「いやいや、宮下くんには助けられたから、これぐらいやらせてよ」
「やきそばくださーい!」
元気な声に振り返ると、学童の子供たちが駆け寄ってきた。
「来てくれたんだね! 瑛太は……?」
「まだ来てない……先生がずっと話しかけてるよ」
「そっか……」宮下は目を伏せた。
一方、外では矢吹が、田辺に声をかけていた。
「おっさん、無理すんな。椅子使えよ」
「何を言っとる。これぐらい、どうとないわ」
そこに同じくらいの歳の男性が現れた。
「おう、田辺、久しぶりだな」
「おお、高橋か! ずいぶん老けたな、わはは!」
「やかましぃわ!」
「知り合い?」と矢吹。
「こいつはな、お前さんらの前に、この場所を管理しとった男だ」
「そうか……あんたらのお陰で、今の俺たちがある。」
「お前さんらしくもねぇこと言いおって」と田辺。
「……楽しみにしてるよ」と高橋は手を振った。
一方その頃、ギャルたちのグループに声をかけていたのは、有村の警備会社の先輩だった。
「おーい、お姉ちゃん、一緒に見ねぇ?」
「え、なに!? ナンパ!? やばァ〜い!」
「先輩!やめてくださいってば!!」と有村が赤面。
「いや〜お前がプロでやっていけるか、しっかり採点しに来たんだぞ!」
「先輩に採点される筋合いはないですよ……まあ、ゆっくりしていってください」
ステージ裏では、片寄が静かにボイストレーニングをしていた。
田村がそっと声をかける。
「……緊張してる?」
「いえ。最善は尽くしてきたわ。問題ない」
「さすが……よし、始めよう!」
照明が落ち、田村がステージへ出ていく。
マイクを握り、ゆっくりと観客を見渡す。
「今日は本当に、ありがとうございます!」
静まり返る会場。
「これだけ多くの人に集まっていただき、感謝してます。今日は、〈レゾナンス〉にとって旅立ちの日になります。東京から戸惑いながら来たこの滋賀で、たくさんの温かさをもらいました。今日はその恩返しを、音で届けさせてください!」
ステージにメンバーが集まり、楽器を構える。
田村が叫ぶ。
「レゾナンスで──“石の教会”!」
最初の音が鳴った瞬間、空気が変わった。
5人の音が、響き合い、溶け合い、ひとつの流れになる。
演奏が終わる頃には──
沈黙。
──そして、拍手。
最初はぽつぽつと。やがて大きな波となり、ライブハウスを包み込んだ。
麻耶はハンカチで目を拭い、
田辺と高橋は無言でうなずき合い、
警備会社の先輩はぼそりとつぶやいた。
「……あいつ、こんなうめぇの……?」
子供たちは「かっこいいー!!」と大騒ぎ。
橋本さんは娘を肩車しながらつぶやいた。
「……やるじゃん」
田村が再びマイクを握る。
「……ありがとうございます。僕たちは、ここに来て、それぞれが変われました。そして、僕が滋賀に来た最大の理由──“ユイ”に出会って、バンドに誘うという目標。達成できました!」
歓声の中、田村が声を張る。
「紹介します。〈レゾナンス〉に必要だった最後のピース──ボーカル、片寄結衣!」
ステージ袖から、結衣が歩き出す。
観客は、拍手と歓声の渦に包まれた。
田村は叫ぶ。
「ここからが、新生〈レゾナンス〉のスタートです!!」
迷って、立ち止まって、時には離れた。
けれど、また出会い、音を響かせた。
──これは、終わりじゃない。
これは、始まりの音だ。




