第43章「主役の座」
ライブハウスの一室。
ギターを手にした宮下辰馬は、瑛太の様子を横目にチューニングを済ませていた。
「じゃあ、やるぞー!」
気合い十分に叫んだ瑛太は、ポケットから細長いボトルネックを取り出し、指にはめる。
「……は?」
宮下は思わず声を漏らした。
(おいおい、まさかそれでやるのか……?)
そんな不安をよそに、瑛太は勢いよくギターをかき鳴らした。
──音はガタガタ。リズムもずれてる。けれど、その音には何かがあった。
「……っ」
思わず息を呑む。
無茶苦茶だけど、強烈な“色”がある。ルールも理屈もすっ飛ばして、感情だけで鳴らしてる音。
「……よし、いくか」
宮下は指を動かし、瑛太のリズムに合わせてペンタトニック・スケールで旋律を乗せた。
──軽やかなフレーズ。感情を誘うメロディ。
どこか寂しく、でも確かに美しい音が部屋に広がる。
演奏が終わると、瑛太が目を輝かせた。
「兄ちゃん、上手いじゃん! なんか俺のギターが上手くなったみたいに聞こえた!」
「……だろ? すげぇだろ、俺」
胸を張って言いながらも、宮下は内心で苦笑していた。
(……やべぇ、まただ。俺、無意識にこいつを“主役”にしちまってる)
それでもどこか、嬉しかった。
「なあ、瑛太。さっきのボトルネック……誰に教わったんだ?」
「ん? お父さんだよ。もういないけどね」
言葉の軽さとは裏腹に、その一言には重みがあった。
「……そっか」
「……あーあ。お父さんがいれば、もっと俺、上手くなれたのにな〜」
そう呟いた瑛太の横顔に、宮下は胸が詰まる。
「……じゃあ、俺が教えてやろうか?」
「ほんとに!? ありがとう!」
満面の笑みが返ってきて、宮下は思わず笑ってしまう。
「よし。じゃあまず、ボトルネックなしで弾いてみろ」
「え? どうやって?」
「普通にコード押さえて弾くんだよ。CとかAmとか、簡単なやつでさ」
「なにそれ?」
「……は?」
あまりに素直すぎる返答に、宮下は耳を疑った。
「おいおい……順序がめちゃくちゃだなぁ」
スライド奏法だけ先に覚えた少年は、ベーシックコードを知らない。
そのとき、扉が勢いよく開く。
「すみませんっ!!」
学童の先生が息を切らして飛び込んできた。
「瑛太、探したんだぞ! 勝手にいなくなって!」
「先生、俺、明日もここ来るから!」
「こらこら、また勝手に……!」
田村が笑いながら割って入る。
「いいよ、別に。ここなら安心だし」
「え……?」
宮下が思わず振り向く。
「櫻井も矢吹も、しばらく戻らないって言ってるし。有村も最近ずっと部屋にこもって練習してるしな。まぁ……ここも悪くないっしょ?」
そう言って、田村はウインクする。
「……ああ、まぁ……いいか」
宮下は肩をすくめた。
「またなー!」
元気いっぱいに手を振って帰っていく瑛太。
その背中を見送りながら、宮下はぽつりと呟いた。
「……俺の音、どこにあんのかな」
けれどその顔には、わずかに笑みが浮かんでいた。




