第41章「引き算の衝動」
「酒が切れた。ちょっとコンビニ行ってくる」
田辺が立ち上がりながら缶の残りを一気にあおる。
「まぁもう少し、ゆっくりしてろ」
「あいよ」
矢吹慎二は一人、静かになったスタジオに残された。
ふと背後の棚に目をやる。
「……ミスチル、レッド・ツェッペリン、アート・ブレイキー、アジカン……なんだこのごちゃ混ぜ」
肩をすくめながらCDを漁っていくと、ある一枚に目が止まる。
「あ、モトリー・クルー。トミー・リーあんじゃん」
手慣れた動きでCDデッキに差し込む。
爆音に近いドラムがスピーカーから流れ出すと、矢吹はニヤリと口角を上げた。
「……やっぱ最高だな」
馴染みのある、攻めの音。自分の血に近い音。
曲が終わると、棚にCDを戻そうとする。
──その瞬間、パラリと一枚のCDが落ちた。
「っと……やべ」
拾い上げたジャケットには、“EAGLES”の文字。
「……ホテル・カリフォルニア?」
一瞬迷ったが、矢吹はCDを差し込む。
音が流れた瞬間、思わず息を呑んだ。
「……なんだこれ……」
ギターのイントロ、空間を活かしたアンサンブル、そして──ドン・ヘイリーのドラムが鳴る。
「……ドラム、軽……いや、違ぇな……これ、引き算している……?」
全てを支えるドラムが、どこまでも自然に、空気のように溶け込んでいる。
(……オレのドラムと真逆じゃねぇか……)
荒ぶる心が、妙に静まっていく。なのに、内側では何かが騒ぎ始めていた。
──気づけば、ドラムの椅子に座っていた。
スティックを握る。再生ボタンを押す。
そして、曲に合わせて叩き始める。
──だが、違う。
音が浮く。ビートがずれる。
「くっそ……!」
苛立ちを吐きながらも、どこか笑っている自分がいた。
初めてドラムを触ったあの頃のように、ただ夢中になって“音”を探していた。
「……ははっ、いい顔してるな」
入り口から戻ってきた田辺が、コンビニ袋を手に立ち尽くしていた。
「……おっさん。ここ、しばらく借りるわ」
「おいおい、ここは電気も水道も通ってねぇぞ?」
「ちょうどいい。バイトも辞めるし、収入も無くなるとこだ」
田辺の表情が一瞬だけこわばる。
「本気か?」
「……あぁ。今やんなきゃ、一生届かねぇ」
返ってきた言葉に、田辺は一拍置いて息を吐いた。
「……まぁ、好きにしろ」
「おう」
再び矢吹はスティックを握り、セッティングに向かう。
「じゃあな」
田辺は背を向けると、スタジオの扉を静かに閉めた。
──夜風に吹かれながら、ぽつりと呟く。
「若いのは、あれぐらいがいい」
缶ビールを開けながら、嬉しそうに笑った。




