第4章「爆音の中心」
ミックスルームに流れる新しいデモ音源。
重心の低いベースがうねり、ギターと歌を引き立てていた。だが──
「……物足りないな」
田村奏真が椅子にもたれたまま、ぼそっとつぶやく。
「はい、正直……ドラムがちょっと、“置いてかれてる”感じしますよね」
隣でヘッドホンを外した有村康太も、同じ違和感を抱いていた。
打ち込みのドラムは正確だった。だが正確すぎた。
“ノる”ための重みも、“息づかい”もない。
「有村のベースが強くなった分、リズムに“熱”が足りなくなってきた。
このままだと、曲の芯がブレる気がするんだよな」
「……本物のドラマー、探しますか?」
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高円寺。駅から少し外れた細い路地裏。
雑居ビルの地下にある、ライブハウス〈HANGAR〉。
天井は低く、ステージは狭い。
壁には意味のわからないバンドステッカーと、何年も更新されていないフライヤー。
スモークの匂いとビールの染み込んだ絨毯。フロアの隅では、怒号とガラスの割れる音。
──この場所では、喧嘩が日常だった。
マイクの取り合い、セッティング中のトラブル、
バンド間の縄張り争い。ちょっとしたミスが、すぐに“口”じゃなく“手”に変わる。
だがその夜、フロアの空気はいつにも増して異様だった。
ステージでは、ひとりの男がドラムセットに座っていた。
矢吹慎二。23歳。肩で息をしながら、スティックを握っている。
両隣、ステージ上に3人の男が倒れている。
ギター、ベース、そしてもう一人のドラマー。
床に転がるスティックの折れた先端、ヒビの入ったクラッシュシンバル。
慎二はそれらを気にも留めず、淡々とスネアを叩き続けていた。
スネアの一打が重い。だけど速い。
フラムの入り方が尋常じゃなく、リズムの“芯”が浮き出ている。
キックはまるでエンジンのように鳴り、
ライドは決して跳ねすぎず、空気を支配するように淡々と響く。
目の奥には感情がなかった。
むしろ音だけが彼の言葉だった。
──喧嘩のきっかけは些細なことだった。
セッティングを巡る口論。言い合い。舌打ち。
そして最初に手を出したのは、相手のドラマー。
結果として、矢吹慎二は誰とも“会話せず”、ただドラムを叩いていた。
ステージの上には誰もいない。
けれど、爆音だけが響き続けていた。
バンドすらいらないほどのリズムを持った男が、静かに、そして暴力的に、音を刻んでいた。