第37章「支える音、歌う音」
東京・千代田区の楽器店。
ガラス張りの入口をくぐると、店内はビンテージから初心者用まで、あらゆる種類のベースとアンプが壁を埋め尽くしていた。
「すげぇ……」
有村康太は思わず声を漏らした。
フェンダー、ミュージックマン、ワーウィック──見たことあるモデルも、雑誌でしか見たことないような名機も並んでいる。まるで音楽の博物館。
(ヤバい、楽器オタクモード入ってる……)
頭の中では修理の目的がすっかり飛びかけていたが、我に返って振り返る。
「……あ、こんなことしてる場合じゃない!」
「すいませーん!」と店の奥に向かって声をかける。
ほどなくして現れたのは、両腕にタトゥーを刻んだ、いかつい風貌の店員だった。
「はい」
その一言だけでちょっとビビる。
「あ、あの……ベース、修理お願いしたくて……」
男は手慣れた様子でベースを確認し、一言。
「ピックアップの故障ですね。2個で、7000円になります」
「えっ……ななせん……」
有村の顔が青ざめる。
(給料日、まだじゃん……手元に数千円しか……)
「す、すみません!銀行に行ってきます!!」と慌ててポケットを探す──が。
「……あれ?財布、ない」
カバンの中、ポケット、どこにも見当たらない。ライブハウスに置いてきたのかもしれない。
(マジかよ……)
ふと、スマホケースの隙間から5千円札が顔を出す。
(そうだ……非常用に挟んでたんだった……!)
でも、それでも2千円足りない。
「……うわー……どうしよう……」
パニクる有村の様子を見て、店員が不意に口を開いた。
「──あの、よかったら今日一日だけの短期バイト、やってるけど?」
「え?」
「ちょうど人足りなくてね。店の掃除とか、軽いやつ」
有村は一瞬、目の前のタトゥーに気圧されてから、真っ直ぐな声で答えた。
「……すいません、お願いします!」
タトゥー男は無言で頷き、ベースの修理にとりかかる。代わりに有村は、モップと雑巾を手に店内の掃除を始めた。
汗をぬぐいながら作業していると、男がぽつりと言う。
「ベース、好きなんだね」
「はい。支えるベースって、かっこいいなって思ってて……。実は明日、L’Arc〜en〜Cielのライブで警備するんですよ。ロックの支え方、ちょっと楽しみで」
「へぇ……ラルクね」
工具を手にしたまま、男は目を細めた。
「ラルクのtetsuyaは、“歌うベース”だよ」
「……は? 歌……う?」
「うん。……ま、行ってみればわかるよ」
数分後、修理が完了したベースが手元に戻る。
「直ったよ。音、試す?」
「はい!!……あ、いや、お金もちゃんと……!」
「バイト代から引いといたから。ありがとな、助かった」
男は口元だけで笑った。
「……こちらこそ、ありがとうございます!」
深く頭を下げて、店をあとにする有村。
──だが数歩歩いたところで、立ち止まる。
(……今日泊まるとこ、どうすんだ俺)
財布は滋賀。手元にあるのは残りの千円札1枚。
東京の空に、ため息が吸い込まれていった。




