第36章「低音の逆襲」
「プレーが……ジジくさい、かぁ……」
警備服に着替えながら、有村康太は思わず呟いた。
数日前の結衣の言葉が、まだ頭の奥にこびりついていた。
──誰もが欲しがる優しいベース。でも、ミュージシャンじゃなくて“建築家”みたいだって。
もちろん悪口じゃない。だけど、どこか突き刺さる。
(俺、ずっと“支える”ことばっか考えてたな……)
モヤモヤを抱えたまま、現場に向かう途中、同じ警備会社の先輩に呼び止められる。
「有村〜、お前さ、明後日の東京ドーム、急遽入ってくれ!」
「え?ドーム?なにがあるんですか?」
「ラルクだよ、L’Arc〜en〜Ciel!!本番は明後日、搬入は明日の夜から!ヤバい現場だぞ〜!」
「……ラルク!?えっ、ちょ、あの……あのラルクですか!?」
「他に何があるんだよ!」
先輩は大爆笑。
有村は頭を抱える。
(いや、スピッツ派だったし……ラルクって、あんまり通ってきてないんだよな……)
(矢吹さん、代わってくれないかなぁ〜)
と冗談交じりに心の中で呟く。
けど、次の瞬間には口元が笑っていた。
「ま、いい機会か。ロックの“支え方”、ちょっと勉強してくるか……!」
その日の夜、有村はひとりでライブハウスへ戻った。
「さて……ちょっとだけベース弾いておくか」
そう言って、いつものようにベースに手を伸ばす。
が──
「バチッ!」
アンプから、嫌な音と小さな火花。
「あっぶなっ!? え、マジで!?」
有村は慌てて電源を落とし、接続を確認する。だが原因がわからない。
「……壊れた……?」
軽くパニックになりながらも、スマホで“東京ドーム近く 楽器店 ベース修理”と検索。
すぐに、千代田区にあるベース専門の修理店を見つけた。
「明日には動ける……よし、これでなんとか……」
作業着にベースケース、リュックを背負って、田村のもとへ向かう。
「しばらく、帰りません!!」
「は?え?ちょっと……有村!?どこ行くの!?」
振り返らず、手を振って出ていく背中。
──ベースが壊れた。それだけで終わる話じゃない。
有村康太、久しぶりの東京で音を見つめ直すことになる。




