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Ensemble Session  作者: たぬきち


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第30章「出会いの音」

「──どこにいるの!?」

 

 美月は慌ててスマホを取り出し、地図アプリを開く。


 指先で少しスクロールして、とあるポイントにピンを打った。


 「この近く。琵琶湖の砂浜……たぶん今もいると思う」


 「ありがとう!」

 

 田村が駆け出す。続いて櫻井、有村、矢吹、宮下も慌てて後を追う。


 

 琵琶湖──夕暮れの岸辺。


 水面が金色に染まり、穏やかな波が砂浜をさらっていた。

 人気のないその一角に、ひとりの少女が立っている。


 風が吹く。黒髪が揺れる。


 その少女は──ユイだった。


 その口から、ふいに「ラララ」の歌がこぼれ落ちた。


 ──言葉はない。ただのハミング。


 だが、音の一粒一粒が、まるで物語を語るように、

 湖面を渡り、空を裂き、聴く者の胸を締めつける。


 音程も、ブレスも、リズムも、

 全てが無駄なく、しかし計算の外にあるような自然さで紡がれていた。


 まるで湖と会話するように。


 遠くから到着した5人──田村、有村、矢吹、宮下、櫻井は、言葉を失って立ち尽くしていた。


 「……これが、ユイの歌……」


 誰も、動けなかった。

 まるでその歌に、身体の自由すら奪われたように。


 そして──


 最後の音が、ゆっくりと空に溶けた。


 静寂が訪れる。

 波音だけが、再びそこに戻ってくる。


 


 田村は、息を飲み、一歩前へ出た。


 「……初めまして」


 その声に、ユイがゆっくりと振り返る。


 淡い光に照らされたその顔。

 どこか緊張と、かすかな警戒が混じっていた。


 「あなたの声を──ずっと、探してました」


 田村の声は震えていた。けれど、真っ直ぐだった。


 ユイは、少し黙ったあとで、小さく頭を下げる。


 「……初めまして。片寄結衣です」


 その瞬間。

 5人と1人が、ようやく同じ場所に立った。


 田村が口を開く。


 「……もし、よかったらなんだけど──僕たちのバンドに、入ってくれませんか」


 そう言った田村の目はまっすぐだった。


 ユイ──片寄結衣は、その視線を一度だけ受け止め、すぐに逸らす。


 「……ごめんなさい。それは無理」


 その返答は、はっきりとした声で、風にも流されない強さがあった。


 「どうして……?」


 有村が一歩踏み出すが、田村は手で制した。


 ユイは小さく息をついて言った。


 「私は歌で生きると決めた、でもそれを支える音は存在しない…」


 櫻井がそっと呟く。「……確かにあの歌は完璧だった…」


 ユイの目が一瞬揺れる。


 「……ありがとう。もう1人だけでやるって決めたの。」


 田村が、静かに一歩前へ出た。


 「僕が作った曲歌ってくれたよね?…歌ってみた…あの動画を聴いて僕たちだけの、“バンドの音”を作りたいって思ったんだ…」


 その言葉に、ユイは目を見開いた。


「え?…あの曲をあなたが作ったの…?」


 田村は、さらに言葉を重ねる。


 「一度でいい。僕たちの音を──“聴いて”みてくれませんか」


 静寂。


 ユイは少しの間、何も言わず、ただ田村の顔を見つめていた。


 そして。


 「……わかった。聴くだけなら」


 ゆっくりと、けれど確かに頷いた。


 「私が“何か”を感じたら、そのとき考える。……それでいい?」


 「もちろん!」


 田村が目を輝かせる。


 背後で、有村が「やった……!」と拳を握り、宮下が「とりあえずワンチャンはもらえたな」と笑う。矢吹は腕を組んで「歌声は本物だ」と頷き、櫻井はそっと手を胸に当てた。


 片寄結衣は、波打ち際に立ち返る。


 「じゃあ……その“音”、ちゃんと聴かせてよ」


 その背中が、再び風に溶けていく。


 


 ──ようやく、すべての音がそろい始めた。


 その予感だけを胸に、レゾナンスは静かに頷き合った。


 

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