第3章「音の溶解」
午後の陽射しがスタジオの窓から斜めに差し込む。
薄暗いブースの中で、田村奏真はモニタースピーカーに耳を傾けていた。
その横で、有村康太は落ち着いた手つきでベースを構え、音作りを始める。
プリアンプ、Ampeg SVT-3PRO
真空管のあたたかみと自然なコンプレッションがあって、どんな奏法にも対応しやすい
田村は少し驚いたように目を見開いた。
「そんなにこだわってるんだ?」
「はい。ベースは低音域がメインですけど、音に“粒立ち”がないと埋もれてしまうので。
弦はラウンドワウンドの051ゲージを使っています。ちょっと硬めでコイル鳴りが良く、音にキレが出るんですよ。」
有村はアンプのつまみを微調整し、すぐにモニターをチェックした。
「では、1テイク目、いきますか?」
再生ボタンが押される。
ドラムとギターのガイドトラックが流れ、田村は歌のイメージを膨らませる。
有村はゆっくりと指を弦に落とし、ベースラインを奏で始めた。
その指使いは滑らかな流水のようで、ピックアップの位置を微妙に変えながらハーモニクスも効果的に散りばめる。
田村は目を細めて感心した。
「おお……裏の16分でアクセント入れてるな。絶妙だ。」
有村はフィンガースタイルとピックを瞬時に使い分け、音色にメリハリをつけていく。
「ここはスライドでつなぐフレーズにハンマリングを多用して、
ミュートのタイミングも意識して音が伸びすぎないようにしています。
これで曲のグルーヴがしっかり立つと思います。」
「アンプのセッティングも完璧だ。プレゼンスがちょうど良くて、カッティングの音がクリアに聞こえる。」
田村は頷きながら、サビのメロディを頭の中で反芻した。
テイクが終わると、二人はすぐに意見を交換した。
「もう少し指弾きを強めにして、スラップは控えめにしてみましょうか?」
「うん、それでお願い。あと最後の8小節は、オクターブ跳躍をもっと大胆にしてみて?」
数回のテイクを重ねるうちに、ベースラインは曲の血肉となり、二人の息も徐々に合っていった。
「田村さん、やっぱりアレンジに無駄がなくて、ベースが入ると曲の立体感が全然違いますね。」
「有村のおかげでベースがこんなに“語る”なんて驚いたよ。音でこんなに変わるんだな。」
スタジオの空気が変わり、二人は音の会話に没頭していった。