第27章「音の通り道」
「……へぇ、こうやって直すのか」
田村奏真は壁の中を覗き込みながら、増設されたコンセントの結線を慎重にチェックしていた。現場は分譲マンションの一室。今日は電気設備会社のバイトで、社員の橋本さんに付き添って現場に来ていた。
「よし、だいたい終わり……あとはこっちだな」
と、リビングの一角に置かれた大きな機材が目に入る。黒くてゴツい──でも見覚えのある形。
「すみません、この機材、一度どかしても大丈夫ですか?」
橋本さんが住人に声をかける。
「ああ、それね。……もう処分しちゃっていいよ。重いだけだし」
住人の返答を聞いた田村は、思わず駆け寄った。
「……これ、もしかしてミキサーですか?」
「うん、そうだよ。もう動くかどうかもわからないけどね。昔、ライブハウスやっててさ。その時に使ってたやつ」
「ライブハウスを……!」
田村の目が見開かれる。
「今、僕──その、仲間と一緒に、元ライブハウスだった場所を使ってるんです。いまもバンド活動してて、ライブも企画してて……!」
住人は驚いたように目を細めた。
「そうか……あの建物、まだ誰か使ってたんだな。懐かしいよ。俺たちも、あの頃は必死だったよ」
「……どうして辞めてしまったんですか?」
「時代さ。もう、ああいう泥くさい音楽の場所は流行らないって。若い人も来なくなったしね」
「でも、今でも熱いやつらがいます。……俺たち、音で誰かを動かしたいって思って、やってます。場所がどうとか、時代がどうとか、そんなの関係ないって思ってる」
しばらく黙っていた住人が、小さく笑った。
「……なんか、いいね。その目。まっすぐで、俺が昔持ってたもんに似てるよ」
田村は深く頭を下げた。
「よかったら、うちのライブ、見に来てください!」
住人は少し驚いたあとで、ふっと頷いた。
「……考えてみるよ」
そのやり取りを背中で聞いていた橋本が、工具をしまいながらぽつりと口を開いた。
「田村。お前、今日はもう上がっていいぞ」
「えっ?」
「やりたいことがあるんだろ? 会社には黙っとくからさ。ミキサーも持ってっていい。ちゃんと使ってやれよ」
「……橋本さん!」
田村の声が裏返るほどに嬉しさが溢れた。
「ありがとうございます!」
荷台にミキサーを積み込むと、田村は軽トラに飛び乗った。
エンジンをかけながら、独り言のように小さく呟く。
「よし……帰ったら、これも修理しよう。俺たちの“音の通り道”を作るんだ」
ライブハウスへ向かう帰り道。夕陽の中、田村の顔には久々の笑顔が浮かんでいた。




