第25章「静かな拾い音」
警備の仕事が終わった深夜、駅前の巡回コースを歩く有村康太は、先輩警備員と並んで帰路についていた。
「なあ、有村」
先輩がふと、ポケットに手を突っ込んだまま口を開いた。
「お前さ、警備って、つまんねぇって思わねぇ?」
有村はちょっとだけ戸惑いながら首を傾けた。
「え……いや、まあ、あんまり考えたことなかったですけど」
「たのしいか?」
問い返されて、有村は少し考えたあと、素直に答えた。
「……なんか、“守ってる感”はありますよね。人が安心してる場所に、自分が立ってる感じっていうか」
先輩は鼻で笑った。
「真面目だな、お前。俺なんか、棒振るだけで金入るから天職だと思ってるよ。だって、楽じゃん」
笑いながら、2人は駅前通りの外れにある静かな路地へと差し掛かる。
「お、あそこ寄ってかねぇ?」
先輩が指差したのは、ウッドデッキのあるこぢんまりとしたカフェ。昼間はアコースティックギターのショップとしても営業しているらしい。
「ギターとコーヒーって、意識高いよな〜」と冗談交じりに言いながら、先輩は入り口に向かっていく。
有村もその後を追う。
ちょうどそのとき、デッキの上でひとりの男性が静かにアコースティックギターを爪弾いていた。
流れるような指の動き。シンプルなコード進行なのに、不思議と空気が温かくなる。
カフェの店主と思しき男性が、少し離れたテーブルで静かにコーヒーを淹れていた。年の頃は六十前後、無口だが落ち着いた佇まいだ。
有村は、何も言わずその演奏を聞いていた。
やがて曲が終わると、ギターの男性がふとこちらに気づいた。
「……聞いてた?」
「はい、めちゃくちゃ良かったです」
「ありがと。……名前、北村って言います。ちょっと前まで、バンドやってたんすよ」
「え、そうなんですね。いまは?」
「解散しました。ボーカルがスカウトされてね、プロになって。……そのまま、バンドは消滅。まあ、よくある話っすよ」
北村は苦笑してギターの弦を緩める。
「でも……またやりたいなぁって思ってる。なんか、今日弾いてて久しぶりに“音が好きだ”って思ったから」
有村は少しだけ間を置いて、静かに言った。
「だったら……うちのライブ、出てみませんか?バンドで活動してて、今度滋賀でライブやるんです」
北村が驚いたように目を見開く。
「え、俺が?」
「ええ。ギターでもサポートでも、なんでもいい。あの音、絶対誰かの支えになると思うんです」
北村は黙っていたが、ふと笑って頷いた。
「──なんか、いいなそれ」
そのやりとりを、カウンターの奥から見ていた店主が、有村に近づいてきて小さな声で言った。
「お兄さん」
「え?」
「……彼は、しばらくギターさえ触ってなかったんやわ。ずっと、やる気なくしててね」
店主は少しだけ目を細め、そして照れくさそうに微笑んだ。
「ありがとうね、」
有村は静かに頭を下げる。
──誰かの音を信じること。それが、また誰かの音を鳴らすことになる。
そんな夜が、ここにもあった。




