第24章「食後の再会」
宮下辰馬は、滋賀の湖畔近くにあるおしゃれなカフェレストラン〈mildish〉の厨房にいた。
白シャツと黒のエプロンを着たその姿は、どこからどう見ても音楽とは無縁の料理人だ。
「──よし、今日のランチメニュー、ラスト入ったよー!」
店長の掛け声に、宮下は手早くパスタのソースを仕上げ、皿に盛り付けた。
ランチタイムが過ぎた後、余ったフォカッチャと前菜をこっそりつまむ。
「うちのニコチンドラマーがよく食うからな……」
ひとりごちて笑う。
店内のテーブルに、二人の女性が入ってくる。
そのうちの一人が、明るく笑いながら話している。
「……でさ、美月、オーディションから帰ってきたの!」
宮下の耳が自然とそちらに向いた。
(美月?)
「へぇ、どうだったの? 結果は?」
「……うーん。本人は“もうプロは目指さない”って言ってたよ。なんか……燃え尽きたっぽい」
もう一人の女性が、少し寂しそうに言った。
「えぇー! もったいなすぎるでしょ、美月の声、あたし大好きだったのに」
「……だからさ、慰めも兼ねてまたバンドやらない? 私ギター、あんたベース、美月がボーカルで、思い出作りにさ」
宮下は、迷いながらも声をかけていた。
「……すみません。その“美月”さんって、ユイって名前で活動してたこと……ありますか?」
二人は一瞬きょとんとして、首を横に振った。
「ユイ? いや、違うと思う。中学のときから“美月”でずっとやってるし」
「……そうですか、失礼しました」
宮下は小さく頭を下げ、カウンターの奥へ引っ込んだ。
──けれど、耳はまだ彼女たちの声を拾っていた。
「でもまたライブやりたいねー。高校卒業以来だよね?」
「うん。もう一度だけ、何かにちゃんと向き合ってみたい気分」
その言葉に、宮下の中で何かがふっと反応した。
彼はもう一度、厨房から顔を出した。
「……あの、もしよかったら──うちのライブ、出てみませんか?」
二人が驚いて振り向く。
「今、こっちでバンド活動してて。ステージも場所もあるんです。思い出作りでも、全然構いませんから」
少し沈黙のあと──ふたりは顔を見合わせ、ふっと笑った。
「……いいね。やってみよっか?」
「ありがとう、シェフさん」
「いや……ただのバイトなんで」
宮下は照れくさそうに笑った。
“ユイ”ではなかった。でも、誰かの声をきっかけに、また音が動き出す。
名を呼んでも、届かない。
けれど──名前ではなく、“音”がつないでくれることもある。




