第23章「もう一度叩く理由」
鈍い金属音が響く町工場の一角。
油の染みついたコンクリートの床と、静かに回る天井のファン。
矢吹慎二は作業着姿で、車のパーツに手を伸ばしていた。
「……おい、兄ちゃん」
不意に声をかけられ、矢吹が顔を上げる。
そこには、年季の入ったつなぎ姿の中年作業員──田辺が立っていた。無口で、普段は話しかけてこないタイプのベテランだ。
「お前……ドラム、やってんだろ?」
「は?」
矢吹は一瞬、手を止めた。
「なんで分かるんすか」
田辺はにやりと笑って、顎をしゃくる。
「手だよ。ばね指気味の中指と、スティック握ってる時にできるタコの位置で分かる」
「……よく見てんな」
「昔な。俺の孫もやってたんだよ、ドラム。高校の軽音部でな」
そう言って、田辺は自分のロッカーから何かを取り出した。
差し出されたのは、光沢のある黒と赤の箱──中には、磨かれた木目の美しいドラムスティックが収まっていた。
「……これは?」
「ちょっと高いスティックだよ。誕生日に買ってやったやつさ」
「孫に渡すつもりだったけど、あいつ……バンドやめちまってな」
「やめた?」
「ボーカルだけがスカウトされて、あっという間に事務所に引き抜かれた。残りのメンバーは解散。そっからだよ、音楽なんてくだらないって言い出して……」
言葉の端に、寂しさがにじんでいた。
「だからさ、お前にやるよ。その手なら、大事にしてくれそうだ」
矢吹は受け取ったスティックを、しばらく見つめていた。
「……あんたさ」
「ん?」
「うちのライブ、観に来いよ」
田辺が目を丸くする。
「ライブ?」
「滋賀のとある廃ライブハウス。いまはうちの拠点みたいなもんだ。今度、初ライブやるんだよ」
「……そうか」
田辺は少し口元を緩めた。
「じゃあ、行くとするか。孫にも言ってみる。あいつが“もう一度やりたくなる音”が、そっちにあるかもしれんしな」
矢吹はスティックを肩に軽く担ぎ、ニヤリと笑った。
「そう言われたら、ちょっと気合い入れて叩かねえとな」




