第21章「名前の行方」
「ちょっと、橘くん!」
スカウトマンが走って橘に追いつき、声を荒げる。
「ユイさんのことだけど……君が勝手に辞退してる間に、あの子も辞退しちゃったんだよ!」
店内にいた一同が一斉に振り返る。
「え?」
田村が反射的に橘の肩を掴む。「ちょっと待って、ユイさんが辞退ってどういうことですか?」
橘は目を丸くする。「……は? マジで? ……なんで?」
田村がスカウトマンに詰め寄る。
「すみません、理由とか、何か聞いてませんか?」
スカウトマンは困ったように首を振る。
「いや、本人からは何も……急に連絡が途絶えて、事務所に“辞退します”ってメールだけ来たんだよ。返信しても既読もつかないし……」
「どこにいるか分かりますか?」田村が訊く。
「ええと、最後に事務所が確認したのは──実家の滋賀に帰ったって話だったけど」
その言葉に、一瞬沈黙が落ちる。
そして田村が、まっすぐに言った。
「……よし、行こう。滋賀まで」
「えぇぇ、いきなり!?」と有村。
「いや、それしかないでしょ。今なら間に合うかもしれない」田村の目は真剣だった。
そのまま、夜の高円寺を後にして、彼らは車で東へと走り出した。
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車内。夜道を照らすヘッドライトの中、ぽつぽつと会話が始まる。
「ねぇ、このバンド……名前、決まってないよね?」
櫻井がふいに言う。
「お、確かに忘れてたなぁ」有村が苦笑い。
「……俺、まだバンド入ってねぇから」矢吹が窓の外を見たままぼそっとつぶやく。
「なんでもいいけど……」と宮下も気だるげに返す。
「じゃあ、私が決めちゃおうかなぁ……」
櫻井がニヤニヤしながら言った。
「“ところてんコーラ”とか、どう?」
車内が一瞬静まり返った。
「……は?」
「私の好きな食べ物と飲み物を掛け合わせたんだよ! 語感もいいし!」
「いや、悪すぎるよ! ところてんとコーラって何の共通点もないじゃん!」と有村。
「……田村さんが決めてくださいよ」有村がふいに提案する。
「えっ、俺!?」田村が目を見開く。
「……やっぱり、田村さんが決めるべきだと思うんです。全部の音を見てるの、田村さんなんだから」
全員の視線が、後部座席の田村に集まる。
「うーん……じゃあちょっと案出してみてよ、みんな」
車内では即興のバンド名会議が始まった。
「“ネオンリバー”……とかどう?」(有村)
「おしゃれかぶれ感が強すぎ」(櫻井)
「“OneChord”」(田村)
「地味!」(宮下)
「“爆ぜ音”」(矢吹)
「厨二!!」(有村)
あれこれ出る案の中、ふと田村がぽつりとつぶやいた。
──ふと、口を開く。
「“レゾナンス”ってのは、どうかな」
「共鳴……?」
櫻井が小さく呟く。
「うん。物理的には振動が伝わる現象だけど……音楽も、人の心も、そういう瞬間があると思う。誰かの声に、誰かの音に、思いが共鳴して、大きく膨らむ」
沈黙。
けれど、それは肯定の沈黙だった。
「……いいな」宮下がつぶやく。
「クサいけど、悪くねぇ」矢吹が笑う。
「共鳴して、響き合って、重なり合う。今のあたしたちにぴったりかも」櫻井も口元を緩めた。
「よし、行こう。レゾナンスで、彼女を迎えに」
──そうして、彼らはひとつの名前のもとに、未だ見ぬボーカルを追って、滋賀の地へと走っていくのだった。




