第13章「火花のセッション」
営業終了後の〈楽屋口〉。
空っぽのステージと、残り香のようなアンプの熱気。
その片隅で、有村康太はギターのチューニングをしている宮下辰馬に声をかけた。
「……宮下さん。うちのバンド、入ってくれませんか?」
宮下は手を止めず、ギターの4弦を少し緩めながら答えた。
「無理。食えねぇよ、そんなの」
「……やっぱそう言うと思った」
苦笑しつつも、有村は言葉を継ぐ。
「でも、俺……田村って作曲家の音に出会って、考え変わったんです。
この人の曲、どこにも売ってないのに、聴いた瞬間に“これだ”って思った。
音楽って、こういうものだったんだって……」
宮下はギターを置きながら、顔も向けずに「へぇ」とだけ返す。
その時だった。
店の扉が開き、乾いた足音が響く。
「……矢吹さん!?」
店長がカウンターから飛び出してきた。
「ちょっと困りますよ、ここ出禁って……!」
「落ち着けよ。演奏聴きに来ただけだ。騒ぎは起こさねぇって」
革ジャン姿の男──矢吹慎二が不機嫌そうに答える。
その目が、有村に向いた。
「よぉ……で、バンドはどうなった?」
「え? ああ……いいギタリストは見つけたけど、まだ」
有村が言い淀むと、矢吹の視線が宮下へと移る。
「こいつか」
「はい、」
矢吹はしばらく宮下を無言で見つめ、ふっと鼻で笑った。
「……なんか、“弾けるけど走らねぇ”顔してんな」
「は?」
宮下が眉をひそめる。
「知らねぇけど、音楽に飽きてんだろ?
そっちの目のほうが口より雄弁だぜ。今の時代じゃ音楽でメシ食えないなんてガキでも知ってる。
でもよ、それって音楽に飽きた理由になるか?」
「……あんた、俺の演奏も知らないくせに、よく言うよな」
「知らねぇよ。だけど演奏に入る前から“諦めてる”奴の空気って、ステージに上がればすぐわかる」
宮下はふっと笑った。
「じゃあ、お前は?動画みたぞ?
他人のリズムに合わせる気ゼロのドラマーが、バンドの何を知ってんだよ。
自分だけが正解って顔して叩いてたら、そりゃただの“孤立”だよ」
「は?」
「なんだよ?」
口調が荒くなっていくふたりに、有村が慌てて割って入ろうとした──そのとき。
奥のカウンター席で飲んでいた中年の男が、グラスを置いて立ち上がった。
「──君たち」
落ち着いた声が、場の空気を変える。
「その言い合い、音で聞かせてくれないか?」
矢吹と宮下、有村が同時にそちらを見る。
「……え?」
「言葉でぶつかるより、音でぶつかる方が早くないか?」
矢吹がニヤッと笑った。
「……いいぜ。乗った」
宮下も、ギターを抱え直しながら軽く肩をすくめる。
「まあ、一度ぐらいなら」
ドラム、ベース、ギター、そしてキーボードがステージに並ぶ。
誰も何も決めず、音の合図だけでセッションが始まった。
宮下辰馬がギターの弦をつまびく。
矢吹慎二は無言でドラムに座り、スティックをくるりと回した。
合図はなかった。
宮下がギターのイントロを鳴らすと、すぐさま矢吹がキックを重ねた。
……が、テンポが合わない。
次の瞬間、矢吹のスネアが突っ込み、宮下のギターが少し遅れて崩れる。
「ちょ、早……!」
宮下が小声でつぶやくが、矢吹は意に介さずリズムを押し通す。
「……くっそ、合わせる気ねぇのかよ」
眉をひそめながら、宮下はコードを変えるが、それがまた微妙にリズムを揺らす。
キーボードの女性が入ろうとしたが、すぐに演奏をやめた。
「……これ無理」
小声でそう呟き、両手を離して淡々とコードだけを鳴らし始める。
まるで「ご自由にどうぞ」と言わんばかりのサウンドパッド。
唯一、なんとか音楽をつなごうと必死だったのは、有村康太だった。
「……っ、間……!」
矢吹のドラムと宮下のギターの“空白”を、ベースラインで埋めにかかる。
しかし、ドラムは速すぎ、ギターは気まぐれすぎる。
合わせようとすればするほど、全体のグルーヴは崩れていく。
“合っていない”のではない。
“合わせる気がない”のだ。
1分ほど続いた演奏が、自然に止まった。
音が途切れ、残響が空しくステージに残る。
沈黙。
宮下がギターのボディを軽く叩いてつぶやく。
「……こりゃひどいな」
矢吹がスティックを肩に乗せたまま言い返す。
「お前が合わせられなかっただけだろ」
「は? いや、ドラムのテンポ走りすぎなんだよ。譜面書いてから来いっての」
「うるせぇ。合わねぇなら乗るなよ」
「合わせようとしてねぇやつに言われたくねぇって」
その言い合いに、有村が苦笑しながら入る。
「……とりあえず落ち着いて。」
キーボードの女性がため息をつきながら呟く。
「今の、音楽じゃなくて喧嘩だったよ……」
矢吹は舌打ちし、スティックを片手に立ち上がる。
「チッ……時間の無駄だったな」
宮下もギターを肩に担ぎながら言い捨てる。
「やっぱこういうの、合わねぇわ」
ステージには、音楽の“可能性”ではなく、“拒絶”だけが残された。




