第12章「つまらない音楽」
深夜の〈LIVE ENTERTAINMENT 楽屋口〉。
営業が一段落し、客もまばらになったステージ裏。
椅子の背にもたれながら、宮下辰馬はギターの弦をぼんやり弾いていた。
隣に座る有村康太も、コーラの缶を片手に黙っている。
しばらくして──宮下がつぶやいた。
「音楽って、最近……つまんなくね?」
「え?」
有村が思わず聞き返す。
「いや、さ。音が良すぎるっていうか。きれいすぎて、“不完全さ”がない。
リズムもピッチもエディットでカチカチ、ベロシティも一定、拍の“表情”がない。
完璧だけど、何にも引っかかんない。聴いても、心がスルーするんだよ」
「……それは……」
有村は言葉を詰まらせる。だが、その意見を否定できなかった。
宮下はギターを弾くのを止めて、肩をすくめる。
「グルーヴを作ってたはずの音が、“システム”に飲まれてる。
どの曲もイントロ10秒で“聴く価値あるか”を決められてさ。
コードも展開も、最短距離の快感しか狙わない……そりゃ、飽きるって」
「……ひねくれてるな」
有村は苦笑しながらも、心の中では頷いていた。
“間違ってる”とは言えなかった。むしろ、その通りだった。
そのとき、店の入口がにわかにざわついた。
SNSで数十万のフォロワーを持つ人気ボーカリスト──一条メイが入店する。
カラフルな髪色、スマホで自撮りをしながら店内を見回す。
さらに、数歩後ろにはスーツ姿の男。
某メジャーレーベルのスカウトマンだった。
「本物、来ちゃったな……」
キーボードが呟く。
ステージでは、有村・宮下・ドラム・キーボードの即席バンドが配置され、
メイのリクエストで《Pretender》のカラオケ演奏が始まる。
……だが、途中で声が飛んだ。
「……はい、ちょっと止めて」
一条メイが演奏を制した。
「ごめん、悪いけどさ……全然ダメ。
音が軽いし、タイム感も浅い。ハーモニーも浮いてる」
その空気を受けて、キーボードとドラムが顔を曇らせる。
宮下はというと、ギターを弾いたまま、小さく笑った。
「だよねぇ」
有村は焦りを隠しきれなかった。
「……でも、もう一回だけやらせてください。最後までやり切らないと、何も伝わらない」
「えー、マジで?」
宮下が半ば呆れたように言いながらも、スタンバイを取った。
「……じゃあ、一回だけな」
次の瞬間──イントロが鳴った。
ギターの音が変わった。
さっきまでのバッキングとは別物。
空気をつかむようなクリーンの立ち上がり、微妙なタイミングの揺らぎ。
スナップの効いた16分の切り込み、音の消え際すら計算され尽くしている。
それは「ただ弾く」ではなく、「会話する」音だった。
観客がざわめく。
そして一条メイも──最初の一音に“息を飲んだ”。
そのまま一曲を終える。
メイは、腕を組んで──「まぁまぁ」とだけ言った。
……沈黙。
有村が何か言いかけた瞬間──スーツの男が口を開く。
「──スカウトの話、なかったことにしてください」
「え?」
メイが振り向く。
「ちょっと、どういう意味ですか?」
男は腕時計を見ながら、淡々と答える。
「今のを“まぁまぁ”なんて評価するようじゃ──
君に“聴く力”がないってことだ。……才能、ないよ」
メイは言葉を失い、有村も固まる。
宮下はギターを抱えたまま、また笑った。
「……やっぱ、音楽って面白いな」




