第11章「カラオケバンド、戦場入り」
夜の新宿。ネオンの明滅が冷たいアスファルトに滲んでいる。
有村康太は、古びた雑居ビルの前で立ち止まった。
《生バンドでカラオケができる店!》と書かれたチラシの住所。
貼り付けられたポスターには、派手な書体で《LIVE ENTERTAINMENT 楽屋口》の文字。
(……こんな場所、知らなかったな)
扉を開けると、奥から苦いコーヒーとタバコの混ざった匂い。
そして何より──騒がしい怒鳴り声が飛び交っていた。
「マジでもう無理っすよ!スピッツのテンポでラルク歌わせんなって!」
「今の客、Aメロで倍テン入れてくれって言ったんすよ!?俺は打ち込みじゃねぇの!」
キーボードとドラムがソファに崩れ込んで、嘆いていた。
その前でギターを手にした店長らしき男が、なだめるように手を振る。
「まぁまぁ、気持ちはわかるけどさ。商売だし。素人が無茶言うのは……想定内ってことで」
有村は一歩、踏み出した。
「すみません、有村です。今日、面接の連絡を……」
店長が顔を上げた。
「ああ、ベースの子ね!来てくれて助かるよ。見ての通り、うちの現場は戦場だからさ(笑)」
有村は一瞬、苦笑したが──すぐに前を向いた。
「……よかったら、面接代わりに演奏させてください。
今ここで、1曲だけでいいんで。ちゃんと仕事、できるか見てほしいです」
ドラムとキーボードが目を丸くする。
「……マジでやるの?この状況で?」
「やるからには全力でやります。譜面いらないです。曲名とキーだけ教えてください」
セッティングもそこそこに、選ばれた曲は定番の《小さな恋のうた》。
クリックも同期もない中で、有村は落ち着いて指を構えた。
イントロの一音目、ルートBが鳴った瞬間──
音が“締まった”。
ドラムのグルーヴに自然と溶け込み、キーボードのボイシングを邪魔せず、
かつ、メロディを包み込むような柔らかさと推進力を両立していた。
ドラムが思わず振り向いた。
「……うわ、上手ぇ。てか、合わせやす!」
1曲が終わるころには、現場の空気が明らかに変わっていた。
店長がギターを置いて、手を叩く。
「いやー、これは即採用でしょ。康太くん、君、完全にウチの“核”だよ」
そのとき──入口のドアが開いた。
「すみませーん、遅れましたー」
長めの前髪、少し猫背の細身の青年がギターケースを背負って現れた。
「おいおい宮下くん、遅いよ〜。新人くん来ちゃったとこだぞ」
青年──宮下辰馬は、有村と目を合わせ、にやっと笑った。
「へぇ……新人さん、ベース? よろしく。俺、ギター」
──新たな戦場で、有村の“ベース”が鳴り始める。
そして、この出会いが、やがてバンドの未来を大きく変えることになる。




