表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/100

第100章「未来へ続く音」



「もしもし? あぁ、松浦さん? こないだはどうも、ご馳走様でした!」


 電話口から聞こえてくるのは、高木翔の軽やかな声だった。


『ご馳走様じゃねぇよ! ほんとに……これだからスタートアップのやつは……』


「あはは! 悪い話じゃなかったでしょ? 考えといてくださいね、松浦社長」


『……まぁいいよ。それより順調そうじゃん、新しい社長と上手くやってるみたいで』


「それがね……まぁ、とんでもない人に着いてしまいましたよ……」


 苦笑しながら応じる高木。そのとき、事務所のドアが勢いよく開いた。


「高木! 悪い! 待たせたな!」

「ほんとですよ……さぁ行きましょう! ……あ、松浦さん、また話しましょ! では!」


 通話を切り、高木は隣に並んだ田村奏真と共にテレビ局へ向かう。


「そういえば、昨日の資料読んでくれました?」

「え? ……あぁ……読んだかな……」

「勘弁してくださいよー! あれ今日中に終わらせたかったのに!」

「わりぃ……」


 二人が駅へと歩いていく途中、路地の角でふと足が止まる。

 聞こえてきたのは──MAROON5の《Sunday Morning》の旋律だった。


 テナーサックスを抱えた少年が、澄んだ音を響かせている。軽やかで、それでいて芯のある音圧。だが、まだ荒削りな部分もある。


「……あいつ、やべぇな」田村が呟く。

「いい音圧ですね。技術も高い。ただ──マニアック向けで、大衆には受けないでしょうけど」高木は冷静に分析する。


「高木……悪い。先に行っててくれ」

「え? またですか? どうせ断られますよ! うちはまだ実績そんなにないんですから!」

「大丈夫! 会議には間に合わせるから!」


 そう言い残し、田村は少年の元へと駆け寄った。


 演奏を終えた少年が、深く息を吐いた。

 その背後から、ぱちぱちと拍手が響く。


「見事だったねー! どれくらいやってるの?」

「……一年です。でも、今日で最後の演奏にするつもりで」


「は? 何言ってんだよ! どうして?」


「色んなプロダクションに応募したんですけど、上手いだけじゃダメだって……。もうどうしていいか分からなくて……僕の音は誰かの心に響く音じゃないのかもしれません」


「それは違うよ」


 田村の声は、真っ直ぐだった。


「え……?」


「自分の音は確かに大事だ。そこは曲げちゃいけない。だけど、新しい音も受け入れなきゃいけないんだ」


 少年は黙ったまま、田村を見つめる。


「俺はさ、いつも新しい音を探す居場所が欲しくて……。どんな音にも限界なんてないって、証明したいんだよ!」


「……なるほど」


 そのとき、ポケットの中で携帯が震えた。田村は慌てて応答する。


『おい、どこにいんだよ? もう準備できてるぞ』


「あ、矢吹!? え? なんだっけ……」


『てめぇ忘れやがったな! 深夜アニメのタイアップ! そのレコーディングだろうが!』


「あ! やっべぇ!! すぐ行く!!」


 慌てて電話を切ると、田村は名刺を差し出した。


「とにかくこれ! 良かったら一度おいでよ!」


 少年は手渡されたカードを見つめた。


──株式会社レゾナンス。


「……レゾナンス……え? レゾナンスって!」


 驚きが声になり、それでも胸の奥に、確かな高鳴りが芽生える。

 新しい音への可能性に、少年の口元がわずかにほころんだ。


 一方その頃、田村は大急ぎで高木に電話をかける。


「高木! 悪い!」

『まだあの少年口説いてるんですか? もう会議終わりましたよ! 今どこです?』

「え! まじで! もう終わったの? 結果は?」

『ドラマの主題歌、レゾナンスに決まりましたよ!』

「おー!! さすが高木!」


『感心してないで、次の打ち合わせ場所に行かないと』

「あー……それがさ……アニメ主題歌のレコーディングあるの忘れてて……」

『もー! スケジュールはきっちり共有してもらわないと!』

「いやぁ……昨日、作曲だけじゃなくて色々作業があって……」

『だから言ったでしょ。作詞家だけじゃなくて、編曲家やレコーディングスタッフも雇おうって! それをカッコつけて“いや、歌詞以外は俺がやる”なんて言うからですよ!』

「……すいません……」


『もういいです。次の打ち合わせは自分が行きますから、レコーディング行ってください。それと書類! あれだけは今日中にお願いしますよ! 投資先との大事な条件も書いてますから!』

「お、おう……いやぁにしても、誰が投資してくれたんだ? 挨拶もしてないのに……」


『さぁ……誰でしょうね……』


「まぁ! いいか!……高木」

『なんですか?』

「ありがとうな」

『今更何言ってるんですか。早くレコーディング終わらせてください』

「おう!」


 株式会社レゾナンス。

 かつて活動拠点にしていた小さなオフィスは、いまや立派なプロダクションへと姿を変えていた。


「お待ちー!」田村が飛び込む。

「お待ちー! じゃねぇだろ!」矢吹が叫ぶ。

「さすがリーダー、ちゃんと遅刻! 変わんないねぇ〜」宮下が肩をすくめる。

「ほんと! なんかさぁ風格とかも出ないし、いつもの田村さんって感じ」櫻井が笑う。

「この人に社長の風格なんて出るわけないじゃん」片寄が冷静に突っ込む。


「お前らな! 言いたい放題言いやがって!!」


「あはは! じゃあ、そろそろ行きますか? Quiet SWAYとNoëlsのデビュー曲のレコーディングも控えてることですし」有村が明るく声をあげた。


「あ〜! 忙しいなぁ〜! 社長ってもっと楽なイメージだったのに……」田村は嘆きながらも笑っていた。


 メンバーは、変わらぬ田村の姿に、どこか安心していた。


「それじゃ! 行きましょ! テイク1!」有村が声を上げる。


「よっしゃ! いいEnsemble作ろうぜ!」田村が拳を突き上げる。


 レゾナンスの音は、今も止まらない。

 常に新しいアンサンブルを求めて、今日もまたセッションを始める。


──その響きは、未来へと鳴り続けていた。


ご愛読ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とても読み応えのある良い作品でした。 登場人物一人一人の個性が生き生きしていて、実在するグループの成長を傍で見ているようでした。 もし映像化されたら、作中の楽曲も含めてライブを観るように楽しめるのでは…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ