第九十三話 奪宮リゾルート-08
ガリガリガリ……と車体の両サイドを擦りながら、狭すぎる道路をゆっくり走る。
獅子舞に開口部はない。車体の外部に無数に埋め込まれたカメラとセンサー類が唯一の「目」。
移動にも戦闘にも直結するし、簡単にポンと交換できるとも思えない部品だ。傷がつかないか気が気じゃない。
タイヨウは慎重にハンドルを握りながら、トリガーを絞った。車体を大きく揺らして放たれた徹甲弾が、民家の屋根ごと敵を吹き飛ばす。
「撃破!交代してくれ!」
『1-2了解!』
ぴたりと後ろに並んでいたミドリが返事をする。少し進んだ先の駐車場に獅子舞をなんとか滑り込ませ、ミドリとリュウセイを先に行かせた。
『正面以外の敵の対処、難しいわね……!』
「普通科に任せるしかねーな」
すぐ横の道では、普通科部隊が重機関銃を連続射撃していた。時折、無反動砲の発射音も聞こえる。
──訓練弾だが、一度だけ無反動砲を撃ったことがある。配置替えになる前は、自分も普通科の隊員だった。確かミドリもそうだ。
市街地戦では普通科、いわゆる歩兵が断然有利。足一本で方向転換ができるし、隠れるのも屋根に登って撃つのもできる。
「とにかく、正面の狙える敵は俺たちで潰すぞ!」
戦闘車両にしては小柄、市街地戦では大柄な車体にじれったさを感じながら言って、タイヨウはヘルメットに投影される地図を見た。
『全ッ然進めないね、1-3左の敵狙える?』
『……無理です』
アジサイも全く同じことを考えていたようだ。無線の声に焦りと失望が混じっている。
一列になって進むのがやっとな、狭い路地。左右の敵は車体の構造上狙えない。しかし地図上には、前にも横にも敵がいる。
『真上に撃って、落ちてきた弾で敵倒せねえかなあ』
第二分隊、ダイチの声。
『まず真上向けねえし!んで、弾は秒速1500メートルくらいで撃つだろ?重力加速度が9.8だから……落ちてくんの、5分?くらい後になるぞ』
意外と。というと確実に怒られるが、アラセが素早く計算して答えた。
『え、すご、計算速くない?!』
『オレ現役女子高生だし』
『聖メイシャ女子だっけ?お嬢様学校って頭いいんだぁ……』
アジサイが感嘆の声を上げる。まるでお菓子をつまみながらの女子会みたいなノリだが、
『敵に抜かれました、左から来ます』
ここは戦場のど真ん中だ。ハヤブサの冷たい一言で、全員の意識が引き締まる。
「左なんか向けねぇ、後退する!」
『スモーク散布。射線確保、アパートの外階段を撃ち抜けますか』
「了解!」
主砲は動かせない。副砲となる30ミリ機関砲を視線とリンク、左いっぱいに指向させて乱射。言われた通りアパートの外階段を粉々に粉砕し、視界と射線を確保。
『2-3、その位置から攻撃』
入り組んだ路地だが、ヒテンの主砲なら角度的に撃てるようだ。また車体を擦りながらゆっくりと離れる。
──ヒテンの返事がない。
『2-3撃て』
『……ぁ、あっ、俺……?』
弱々しいヒテンの声が返ってきた。
一瞬で脂汗が噴き出た。心臓が早鐘を打ち始め、ハンドルをゆるく握った手が硬直する。
「どうした!?」
なにかがおかしい。ヒテンの様子が変だ。それに今は彼の心配より──ヒテンが撃てなければ自分達の命が危うい。
この獅子舞が、棺桶になる。
敵との距離は24メートル。
『2-1全速後退建物迂回ベージュの外壁の民家庭から撃て』
『応ッ』
アラセの獅子舞が、地図上で踊る。ブロック塀も電柱も無視して狭い路地を駆けていく。
敵との距離、17メートル。
効果があるかわからないがスモーク弾をもう一発放ちつつ、更に車体を下げる。獅子舞のコンバットタイヤが縁石に擦れて、タイヨウは思わずブレーキを踏んだ。
自分の呼吸がうるさい。
──ほかになにも聞こえない。
敵の電波干渉、近づきすぎると無線もデータリンクも切断される。敵の位置がわからない。
「……っく!」
頭ごと大きく巡らせて敵を探す。外部カメラには映らない──映らない、どこにも居ない!!
ドォン……
歯を食いしばった瞬間、至近距離で爆発音。
炎混じりの真っ黒な煙と、大小様々な破片が吹き荒れて車体を揺らし、外部カメラを黒く染めた。
『──キ破!』
ノイズに混じってアラセの声。
タイヨウはハンドルのボタンを操作して、カメラの周辺に埋め込まれた炭酸ガス噴出孔からガスを出し、煙を吹き飛ばす。
「やったか2-1!」
『やったぞ!』
無線も良好。一瞬真っ白になった地図にも無数の敵が再表示されて、安心しつつげんなりする。
「第一分隊損害!」
『なし!』
『なしです』
「2-3はどうした、大丈夫かっ?」
じっとりとぬめる汗を手の甲で拭いながら、声を上げた。
『……ごめ……頭が……』
──熱中症か。
連戦の疲労と寝不足、獅子舞に缶詰になることでの暑さ。考えられる可能性はそれしかない。
『2-3、ヒテンは獅子舞から降りて!衛生班は対処に向かえ!獅子舞全車、その場で待機!』
アジサイの指示が飛ぶ。もしヒテンが意識朦朧の状態であれば、きちんと休ませないといけない、が。
『駄目だ指揮官、ここじゃ囲まれる!』
アラセの焦った声。ヒテンを車外に出した以上、ヒテンの乗っていた獅子舞は道路を塞ぐ障害物でしかない。
敵撃破のために単騎で突出したアラセもろとも──
全員が、敵に囲まれる。




