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第八十六話 奪宮リゾルート-01

ついに86話…!

ちなみにわたくし、エイティシックスの大ファンです。

 


 アジサイが一枚の大きな地図を広げて、風で飛ばされぬよう四隅に石を置いた。

 

 ウツノミヤ駐屯地、その芝生の上。

 皇国陸軍三軸強襲戦車"獅子舞"と、数台の軍用トラック、新品の高機動防護車に囲まれて、トゥースブラッシュ中隊の全員が地図に目を落とす。

 

「はいっ、現状を説明します!」

 アジサイが元気よく声を張り上げた。引率の先生みたいだな、と場違いに思った。

 

「今朝、一部の機甲部隊は遂に川を越えて、イチカワからシノザキへ突入。普通科部隊も昨夜から、電車用の橋を渡って、シバマタの半分を確保しています!」

 

 おぉ、と声が上がる。

 聞き慣れたトーキョーの地名。敵に奪われ蹂躙された、かつて自分達が見捨てた街の名。

 

「私たちは高速を使って、こう、トーキョーの真上から突っ込む感じで、こうっ、」

 アジサイはボールペンを自隊に見たて、そのペン先をトーキョー特別市、その北区を指した。

「ここから殴り込みます!!」

 

 筆圧強めに押し当てたペン先は、地図を破って芝生に突き立つ。それを気に留めるものはいない。

 このペンのように、楔を打ち込む。突き刺し、大穴を開け、蹂躙し返す。そうして、敵に奪われたトーキョーを取り戻すために。

 

「さてハヤブサ君、どのあたりで敵とカチ会いそうかなぁ?」

 

 話を振られて。目線を上げれば、全員が――誇張なく、戦闘要員から補給や衛生に属するその全員が、自分を見ていた。

 

「……おそらく、ですが」

 敵の反応速度と皇国軍の侵攻速度を計算する。序盤は勢いに任せて侵攻できるだろう。だが少しトーキョーの奥へ行けば、敵が増えてすぐに詰まる。速度が落ちる。それでも流し込むように部隊を投入し、すり潰すように前進するなら。

 とん、と細い指を地図に置いた。

 

「ここまでは、問題なく確保されると思います」

 

 タキノガワI C(インターチェンジ)


 首都高の入口だけが設置されている。どうせ戦時下で一般車のいない高速だ。そこから高速を逆走する形で降りて、警戒からの地上戦へ、と指示されるのが目に浮かぶ。

 

「タキノガワで降りて、高速入口を守る部隊と交代しての戦闘か、もしくは順調であれば、そこから少し進んだあたりで接敵する……かと、俺は……」

 

 思います、の言葉は口から出てこなかった。

 

 自信のなさが唇に現れる。

 喋った予測自体には自信がある。それを人前で、我が物顔で語るのが。

 十日間も昏睡状態で、指揮官なのに指揮もできず、ただ安静に安静にと言われた。

 自分を置いて、世界はあっという間に前へ進んでいってしまう。

 

 ――そう、思っていたのに。

 

「おっけー、市街地戦になるね。速度と車間に注意だよ!」

「イタバシのあたりってことだな。ビルの上とか、上方には十分警戒しろよ」

「あのあたり、高速の周りは背の高いマンションが多いけど、一本奥に入ったら細い道の住宅街よ。地図もよく見てね」

「見るとこ多いなぁ……あんま心配してないけど」

 

 言いながら、ダイチはハヤブサを見て笑いかけた。

「ね、少尉」

 

 全員が当たり前のように、ハヤブサの予想を前提として話している。当たり前のように、ハヤブサの眼を信頼している。

 その後、ハヤブサに話が振られることはなく、流れるようにブリーフィングは進み、解散、搭乗、出撃の指示が出て。

 

 いそいそと石ころをよけて地図を畳むアジサイを、ハヤブサは黙って見つめていた。

 

「……俺が指揮をしても大丈夫ですか」

 

 迷惑ではないですか。

 使い物にならないと思われていませんか。

 役立たずでも話を聞いてくれますか。

 

 穀潰しの無能でも、人に命令をしてもいいですか。

 

 左足が痛む。指揮をする立場だというのに最前線からの移動が遅れ、敵の攻撃を受けた挙句、安いCGアニメみたいに空を舞って花のように裂けた、足の傷が。

 そんな、怪我をして戦線離脱した俺でも。

 

「いいよ?」

 

 しかしアジサイは平然と、小首を傾げながら言った。

 

「だって副指揮官(キーパー)だし、みんなもハヤブサ君の命令にしがみついていけるように、って訓練してたし。てか私だけ指揮出すのとかめっちゃ大変じゃん、いつも通りサポートしてよ!マジで!」

 

 満面の苦笑いを見せて、アジサイは優しく、丸めた地図でハヤブサの、怪我をした方の足を叩いた。

 

「今度は怪我しないようにお互い気をつけて、みんな守れるように頑張ろうね! さぁ、総員乗車ぁ、戦闘準備ッ!!」

 

 声を張り上げて、アジサイは踵を返した。そのまま、廃車になった指揮用トラックの代わりにと回された、新品の高機動防護車に向かっていく。

 

 ――みんな守れるように。

 

 自分自身もアジサイも。タイヨウやミドリ、リュウセイ、ダイチ、ヒテンも。

 たったひとつの団子を渡しに来てくれた、月明かりに照らされながら何故か頬を染めてこちらを見ていた、アラセのことも。全員を、守り切れるように。

 

 ハヤブサは、小さく頷いて歩き出した。

 そういえばあの時のアラセ陸士長は、なんだか年相応の女の子らしい、可愛い顔をしていたな。なんて考えながら。



 

 ――ん……可愛い……?




⬛︎⬛︎⬛︎


 


『トゥースブラッシュ中隊はそのまま、タキノガワの高速入口を逆走して降りてください。その先の第三偵察戦闘大隊と交代し、付近の警戒を。送れ』

『トゥースブラッシュ、アジサイ了解』

 

 ――ドンピシャって言葉、このためにあるんじゃね?

 

 つい一時間半前、ハヤブサが自信なさそうに言った言葉は、一字一句違わず。

 まるで未来を見てきたかのように、その予測は完璧に当たっていて、タイヨウは思わず感嘆の口笛を吹いた。

 

 目の前を走る、ハヤブサが乗る新車の高機動防護車のあとに続いて、焼け焦げて地面に散らばった中央分離帯を乗り越え、インターチェンジの入口から高速道路を降りる。

 

『トゥースブラッシュ、大本営。そのまま明治通りを南下、後続部隊の受け入れが可能なように、敵の掃討を実施せよ。送れ』

『大本営、トゥースブラッシュ了解』

 

 トーキョーに入ってからは、大本営からの指示も多く細かくなっている。

 それだけ気合が入っているのだろう。返事をするアジサイの声も少しピリついている。

 

『大本営っつのはさぁ、毎度一番安全なとこから命令してきやがってさぁ、アイツら前線来たことあんの?』

 アラセの声。アジサイとは違うピリつき方をしているようで、苦笑いが溢れる。

 

『大本営は指揮管制するための組織なんだから、逆に安全な場所にいないとダメなんだよ』

『はぁーん?』

 

 アジサイが説明するが、アラセが納得した様子はない。

 

「軍は階級社会だろ?俺らの上には中央軍司令とか統合司令とかがいて、大本営の総大将に繋がってる。そのエラい方々の命令で、俺らは作戦に参加してるんだ。エラい方々が最前線までいらっしゃって、なんかの弾みでうっかり全員死んじまったら、その先俺らは誰の命令で、どうこの国を奪い返せばいいんだってなるだろ」

 

『大本営は作戦中の指揮と、作戦後の責任を取るのが仕事じゃないすか? だから、作戦中は危ないとこにいたらダメだっつー感じで』

 

『はぁーん……?』

 タイヨウとダイチも説明するが、アラセにはいまいち響いていない様子だった。多分、頭では理解していても感情的に腑に落ちない部分があるのだろう。

 

「だから……そうだなぁ」

 人通りの絶えた明治通りをゆっくり走りながら、タイヨウは考えて、

 

「アジサイ中尉やハヤブサ少尉に死なれちゃ困るだろ?って話さ」

 

 身近でシンプルな例えで言った。

『…………』

 アラセは沈黙している。

 静かなまま、指揮用の高機動防護車の後ろにぴったりとついて、そういやこの部隊は指揮官(キーパー)達が先頭を行くんだな、とふと思った。


 

『……ハヤブサが死ぬのは嫌だな…………』

 

 

 ぽつりと小さく、無線の電波に乗るかどうかの声量。普段はドスの効いた低音ボイスだが、今は随分と清淑な、女の子らしい声を上げて。

 アラセが、静寂を破った。

 

「…………ん?」

 

 自分はさっき、()()()()()ハヤブサが死んじゃったら()()よね、という話をしたつもりだったが。

 それが、"()()()()()死ぬのは()()"と変換された……?

 

『アラセちゃん私は?』

『え?』

『私はぁ?!』

 

 アジサイが喚く。ドンマイ中隊長、と皆が口々に言う。

 そんな賑やかな様子を聞き流しながら、タイヨウは先ほどのアラセの反応を少しだけ訝しみつつも、まぁいいかとハンドルを握り直した。

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