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第八十二話 都民様のソステヌート・ナイツ-03


 病室の天井を眺めながら、ハヤブサは両手の拳を握ったり、ゆっくり開いたりを繰り返していた。

 

「あー、大丈夫そうですね、問題ないです。ありがとうございます」

 隣に座る医官が、ノートになにか書き込みながら頷いた。

 

「あとは左足ですね、一部こう……裂けちゃったところ」

 

 ぱか、と医官は自分の手で花を作る。

 

「ここが治れば歩けるでしょうし、まあもちろん歩けなくても作戦指揮には影響ありませんから。幸い、頭は打ってないですし」

「わかりました」

 

 医官を見ず、病室の天井に視線を固定したまま、ハヤブサはぼんやりと言う。その姿を見て、医官は鼻から小さく息を吐いた。

 

「……ハヤブサ少尉、まだ前線復帰はダメです。首の捻挫は治ってないですし、場合によっては後遺症も」

「…………」

 

 ハヤブサは黙ったままなので、医官は目を伏せる。

「……とにかく、あと一週間は安静に。休養が必要でしょう、貴方にも、部隊にも。それと、アスカ師団長代行には私から報告を上げておきます。心配なさっておられましたから」

 

 アスカ先輩にも──

 

 ハヤブサは初めて天井から医官へ目を向けたが、医官はノート片手に病室を出ていってしまうところだった。

 心配なさって……ということは、自分が負傷した事自体は既に知られている、ということか。

 

 つい最近、一ヶ月も経たないほど前。幹部候補生学校の成績も良く、戦闘シミュレーションでは最高難易度をクリアした自分を、異例の繰り上げ&主席卒業させてくれ、少尉に推薦までしてくれたのに。

 実際に戦場に出れば、味方は死なせるしトーキョーは失うし自分は怪我するし、いいところがない。

 

 きっとアスカ先輩は、失望している。

 

 今後のトーキョー奪還作戦における遂行能力低下を心配しているのだろう。もしくは、北方軍、北鎮(ほくちん)師団というネームバリューの低下か。

 

 ──自分が、皇国軍全体と、北方軍、アスカ先輩の評価を下げている。

 

 ベッドに沈み込む。ギギギ、と軋む音がした。細く弾力のない木製のフレームが、体重に耐えかねて悲鳴を上げる音。

 

 今寝ているのは、倉庫から引っ張り出してきたという予備の簡易ベッドだ。正規品ではないし耐久性もない、一時凌ぎの存在。

 自分も同じだ。所詮は戦時入隊生(サブメン)で、戦況悪化に伴い人手不足になった軍に、たまたま拾われただけ。

 

 ハヤブサは視線を、規則正しく──あまりにも規則正しく音を奏でる心電図モニターに向けた。

 

 首と肩の捻挫、全身の擦過傷(すりきず)、左足の裂傷とそれに伴う多量出血。

 止血が間に合わなければ輸血を。最悪シラカワか、もっと後方のセンダイ救急救命センターへ後送。そんなことを検討されるレベルの怪我だったのに、心臓だけは静かに、普段と変わらず平常運行を続けていた。

 

 病気の治療のために灼き切った神経。ただ動けと指示する神経系だけが残った心臓は、指示通りに()()動くだけ。

 仲間が死のうと、自分が怪我をしようと、関係ない。

 

 そこに、感情など介在しない。

 

 ──生きてるんだか死んでるんだか、わかんないな。

 

 ぼんやりと心電図モニターに目をやっていると、見慣れた男女のシルエットが視界に入った。

 

「よう少尉、見舞いに来たぜ」

「わぁ!だいぶ顔色戻ったねハヤブサ君!」

 迷彩服姿のタイヨウと、士官制服のアジサイだった。

 

「搬送される時の少尉、青と茶色の顔してたもんな」

「ほんとだよ!私死んじゃうかもーって思いながら救急車乗ったのに、あとからきたハヤブサ君のほうが明らかに重体で、あれ?死んでる?って思ったもんね」

「わかる、死体面だった」

「死体面て!」

 

 大怪我した本人を前に、したいづら、とはよく言えたものである。

 キャッキャと笑い合いながら、二人はハヤブサの横まで歩み寄ってきた。

 

「……でも、生きててよかったよハヤブサ君」

 

 アジサイがしみじみと言う。ええ、と力無く返事をして、少し視線を伏せた。

 

「んで、少尉が一番気にしてるであろう現在の戦況ですが」

 わざとお天気リポーターみたいな声を出して、タイヨウが口を開いた。タイヨウの言う通り、戦況、という言葉にぴくりと反応してしまった自分が悔しい。

 

「えー、トーキョーはまだ手が届いてない。昨日、一部の部隊がコシガヤまで進出できたが、押し返された。ナリタは奪い返せたけど、滑走路がボッコボコで、空軍の施設科の到着待ちだな」

 

「ニッコウからアカギ山までの山岳地帯は、地元の中央軍第十二旅団が確保してくれたから、背中を気にせず進めるよ!私たちにとってはもう後ろじゃなくて前だけどね」

 

「オオミヤにある化学教導学校は早く確保したいって話だぜ。あそこは皇国で唯一、化学兵器と生物兵器を扱ってるからな」

 

「あっ、ちなみにチョウシ港も確保済みだよ!船舶輸送ができるようになって、補給状態が一部では向上したみたい、一部ではね」

「ほんと、一部だよなぁ」

「ねぇ」

 

 アジサイとタイヨウの話を、脳内の地図に落とし込む。

 もともと、トーキョーの防衛が不可能だと判断した皇国軍は、全速力で200キロ近く敵との距離をとって、シラカワまで後退した。

 トーキョーとシラカワの空白地帯に、敵はまだ散兵しか投入できていない。小規模な戦闘と掃討戦のみで、この程度までは再進出できる──

 

 というのは、ハヤブサも想定済。

 

「あとトゥースブラッシュ(うちの子たち)は、機動砲撃戦の訓練をやってるよ。タイヨウさんが教えてくれてて、アラセちゃんがすっごいやる気見せてるからね!」

「全体的にイイ感じだ。前みたいに100キロ超でブッ飛ばしながら余裕で撃てるように鍛えてやる」

 

 自分が戦力外の間、練度を高めるための実戦的な訓練をするだろう、というのも想定済。


 

 ひとつ、想定外なのは──


 

「今日は、何月何日ですか」

 

 

みなさんも心臓バグっちゃって、心神経切りましょか?って言われたことありますよね。

え、ない?ぼくだけ…?

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