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第七話 歯ブラシ共のトッカータ-07


 どこからか撃ち込まれた着発の砲弾は、建ち並んでいたビル群の基礎部分をせっせと削っていた白アリごと吹き飛ばし、周囲にいた黒アリと働きアリを瓦礫と同じ運命に遭わせた。

 飴細工のように崩れ落ちた低層ビルは灰燼に姿を変え、土煙だけが揺蕩っていて。

 

 自分の目の前だけが、(ひら)けていた。

 

 奥にアリが見える。距離500メートル、私鉄駅の上。HMDが目標を捉え、視線に追随したレーザーが数秒で測距。相手は動いていない、偏差射撃は必要ない。指示を待たずに迷わずトリガーを押し込んだ。120ミリ徹甲弾が吸い込まれていく。

 

 すぐ横にもう一体、砲弾装填中は主砲も、同じ向きの12.7ミリ機銃も撃てない。副砲の30ミリ機関砲を選択、視線追従モードへ変更。自分の目線の先にビーム光線のように飛び出した砲弾を叩き込む。

 

 頭上の自動装填装置が次の徹甲弾を込めた。左後輪をロック、前輪ちょい稼動。車体正面を左に向ける。次の目標、照準。射撃。

 

 その近くに白アリ。胴に当たればよいが、正面の振動板に当たると厄介だ。通常の徹甲弾ではなく、貴重で高価だが貫通力に優れる|装弾筒付翼安定徹甲弾《A P F S D S》で再装填。照準。射撃――沈黙。

 

『こちら1-1(ワンワン)、第一分隊正面の敵を掃討!』

『三分隊もっす!シオミ橋までクリアっす!』

 

 気づけば地図上で、周囲に敵のマークは無くなっていた。あれだけいた筈の赤い凸マークがどこにも見当たらない。

 

2-1(ツーワン)、こっちもだ。駅の横のデケぇマンションがよく見える」

 前進、の指示を受けてから僅か数分。体感は数秒、先程とは真逆だ。

 

 トリガーから手を離し、全ての指を全開に伸ばしてからゆっくり力を抜いた。緊張しっぱなしは心と体に悪い。

 口から細く息を吐きながら、首を回して周囲を見た。

 

 静かである。

 

 先程まで騒がしかったHMDの警告音が沈黙したというのもある。敵を示すマーカーで埋まっていた地図も、まるで駅にあるシンプルな周辺地図のようにおとなしい。

 あたりが静かになった分、逆立っていた神経もようやく落ち着いてきて。無意識に、ずっと眉間に皺が寄っていることに気付いた。

 

 ――先ほどの砲撃は何だ?

 

 あの細かすぎる位置変換は、砲撃するから少し下がれという意味か。これから砲撃をすると、目の前に砲弾が落ちると言われたか?指示を聞き逃した?

 いや。()()()()はただ、細かい指示を出しますとしか言っていなかった。

 

 ぞわりと背中に鳥肌が立つ気配がした。

 砲撃の威力を見せつけられたのは生まれて初めての経験で、つい一秒前まで視界に映っていたビルが轟音と共に消滅する様など、ついぞ見たことがなく。

 

 驚いた。ビビった。怖かった。いや、この感情は――

 

『違う、2-2(ツーツー)全速後退』

 

 ハヤブサの冷たい声に、反射的にもう一度トリガーに手を掛けながら地図を見やる。いや、()()()()敵は居ない。

 

2-4(ツーワン)2-3(ツースリー)全速後退煙幕発射同軸曳光弾発射』

 

 一息もつかずに捲し立てる無機質なハヤブサの指示に、少し、反応が遅れた。

「……っ、()だッ?!」

 

 手元の操縦桿でギアを後進に。アクセルを全力でベタ踏みすると、獅子舞は真っ黒い煙を咳き込むように吐き出した。同時に獣のような咆哮、リミッターの外れた車体前部の、緊急機動用補助動力、ガスタービンエンジンが狂ったように急回転。

 変速の大きな衝撃と爆発的な加速に、Gに耐えきれず車体に置いて行かれた前頭部をしたたかに車体に打ち付けながらも、ハンドルを握り込んでなんとか車体を保持する。

 

 少し遅れて、二号車と三号車が緑色の曳光弾をばら撒きながら、同じようにディーゼルエンジンの黒煙を噴き出し始めた瞬間、


 目の前に横から黒アリが飛び込んできた。

 

 鋭い鎌が眼前に迫り――車体が電柱に激突。急停止してしまい、今度は後頭部を狭い車内に叩きつけた。

 

()ェ!!」

 叫びながら、赤リンの発煙弾と主砲同軸の12.7ミリ機銃をばら撒いた。黒アリは事故って急停止した車体を飛び越えて着地し、そのままの勢いで二号車へ突進。

 無理矢理車体を傾ける。前輪が独立機動し、身体を揺さぶりながら砲口が黒アリを追随。発煙弾で文字通り煙に巻かれ、喰らうべき獲物を見失っているそのボディをようやく視界に捉えた。

 

 主砲は()()()()()()、HMDの中心レクティルに数秒は目標を捉えていないと距離の測定ができず、ノーロックで撃てるほどの腕前を自分達は持ち合わせていない。

 

 つい数ヶ月前に初めて戦闘車両の乗り方を覚えた3人の戦時入隊生(サブメン)は、同時に同じ判断を下し、主砲ではなく副砲を選択。三輌が一斉に放つ機銃弾が一点に交わった。

 

「――だあぁ!クソッ!2-1(ツーワン)、黒アリ撃破!」

(りょう)

 短い返答。

 

「おいクソッこらテメェ何だ今のは!!」

 頭を二度強打し、電柱に激突したことで車体にも少なからずダメージを負ったようだ。無線の相手へ放つ言葉にも棘がこもる。

 

『アジサイです、アラセちゃん大丈夫?!』

 割り込んできたのは、ヒョロガリ男ではなくアジサイだった。

「中隊長!他に敵は?!」

『無し!――だね、ハヤブサ少尉?』

『はい、なしです』

「そもそもがよ、敵影が無かった!レーダーマップもHMDにも警告出ちょらんかったろうが!!」

 

 目の前に敵がいるのに撃つなと言われた。

 どこにも敵はいなかったのに逃げろと言われた。

 訳が、わからない。

 

『空軍の無人偵察機(ドローン)()()()に落とされちゃって、なにも検知できなかったの……今、ハヤブサ少尉が衛星を使って索敵しているけど、ツルミ駅周辺はアレが最後の一体で間違いないみたい』

 

 ――衛星を使って?

 敵と味方の位置は、皇国陸軍と空軍が保有する複数のドローンを頭上に飛ばし、リアルタイムで画像検出して手元の地図に送られる。

 ドローンが落とされれば、特に高層ビルの多い市街地戦の場合、次のドローンが来るまで一部の敵がスクリーンから消えてしまう。ビルの陰にいる敵を見つけられないからだ。

 

 無事撃退できたね、残存部隊も生き残りがいてね、と嬉しそうに話すアジサイの声は、あまり頭に入ってこない。

 

『とりあえず細かい説明は後でね!えーと。トゥースブラッシュ中隊はこのままこの地区に残って、後から来る救助部隊の支援を行え。ドラゴンクロウ中隊、フォレストヒル中隊の生存者を連れて――』

 途中で口調を切り替え、アジサイは指揮管制(自分の仕事)に戻ったようだ。

 

 このあたりの敵は一掃し、安全地帯であるということに今更ながら思いが行きつき、アラセは深く息を吐いてハンドルから手を離した。汗ばんだ手のひらを、太ももの戦闘服で適当に拭う。

 他の戦闘車両の例に漏れず、獅子舞に冷房はない。が、電子機器冷却用の水冷ファンはあり、余剰となった冷風がお気持ち程度に頭上から吹いている。

 

 アラセは戦闘服の胸元のボタンをいくつか外し、がばっと引っ張った。

 女子校の同級生と一緒に買いに行った黒いスポーツブラと戦闘服の隙間に、無いよりはマシ程度の冷風を当てながら、静かに目を閉じる。

 

『アラセ分隊長ー、あの副指揮官(キーパー)って奴ヤバかったっすねえ。何だったんですか、さっきのアレ』

 二号車、ダイチ一等陸士から間延びした声。

 

『ね!俺と分隊長だからギリ避けれたけど、ダイチさんはさっきのヤバかったよねーっ』

 三号車のヒテン二等陸士が笑いながら言い、ダイチが俺年上だし上官だぞなんだお前と言い返す。

 

「……オレもわかんねえよ」

 返しながら、アラセは冷徹で淡々としたハヤブサの指揮を思い出していた。

 細かすぎる指示、突然の砲撃支援、ドローンのない状態で衛星を使った索敵……

「何者だよ、あのヒョロガリ野郎」

 

 ただ、なんとなく予感はする。自分とはきっと、相性が悪い。

硝煙の匂いっていいよね!嗅いだことないけど!

ミリタリーパートはひとまずここまで。


※※2025/6/9

加筆修正しました!

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