第六十四話 オラトリオの叛攻-17
陽が沈んできた。
戦闘車両が整列しているグラウンドは、中央軍が根城としている中学校の校舎東側にあり、西陽の直撃からうまいこと身を隠していた。
とはいえ、九月。
戦闘後にシャワーを浴びる時間もなかったので、インナーがべっとりと肌に張り付く感覚。
半長靴の中が完全に汗で蒸れていて歩くたびに不快だし、砂混じりのなまぬるい風が頬を撫でるたびに鬱陶しくなる。
「話があんなら手短にしてくれよ」
苛立ちを隠そうともせずに、アラセは告げた。
目の前を黙って歩く背の高い男は、他の軍人達と違い汗をかかない。すれ違う者は皆、男女とも例外なく汗で額がテカっているものだが、この真っ白な陶器の男はいつまでも涼しい顔だ。
グラウンドの端まで来れば、人影はまばらになる。
緑色のフェンスの近くまで来て、目の前の男はその足を止めた。
「……すみません、遠くまで連れ出して」
「ほんとだよ。説教なら秒で終わらせろよ」
この男、自分よりも年上で上官で、なんだか師団とかいう泣く子も黙る精鋭の所属らしいが、そんなことはアラセには関係がない。
早々に切り上げてシャワーを浴びて横になりたい。
頭をガリガリ掻いていると、白磁の男――ハヤブサは静かに振り向いた。感情のない白い顔が、アラセを見る。
「……今後、俺の命令には、絶対に従って欲しいんです」
重々しく開いた口から出た言葉はそれで。
びく、と眉の筋肉が痙攣した。
「……あ?」
言葉にならない声が漏れ出た。
何を言い出すかと思えば。
もう勝手に一人で行くな、また勝手に飛び出すな。
トゥースブラッシュ中隊の一員として何度か戦闘に参加した直後、アジサイにも口酸っぱく何度も言われた。
でも、戦闘衝動に駆られアクセルを踏み抜いてしまうのは、止められない。
そもそもこんなところで、チンタラと一歩一歩進むような戦闘をしている暇はない。
自分にはなにもないのに。
すべてを奪われたのに。
奪い返すな、なんて――何も奪われていないお前に、言う権利があるものか、と。
ひとこと言って黙りこくったままのハヤブサの顔を見据えながら、アラセは腹に力を込めた。
「北方軍、てことはテメエ、北方出身だろ。北方はまだアリの侵攻を受けてねえ、皇国でも数少ない平和なトコだろ。そこから来た奴が、そもそも、オレに命令なんかするんじゃあねえよ」
声が微かに震えているのが自分でもわかった。
顔が熱い。グラウンドを灼く西陽の所為ではない。沸騰した血管がハヤブサに襲い掛かろうと顔面に集中している。
「それは――」
黙れ。
目力でそう訴える。
北方の温室育ちが、指図するな。
「……否定はしません。俺の住んでいた街は敵の攻撃を一度も受けていませんし、俺自身、アリを直接見たこともありませんから」
「だったらよォ!!!」
思わず吠えた。両手を伸ばし、大きく背伸びをしながらハヤブサの真っ白なワイシャツに掴み掛かる。
喉元を締め上げ、その細い首筋に噛みつこうと口を開けた瞬間。
ハヤブサが僅かに屈んだ。
まっすぐにこちらの瞳を見つめながら、ハヤブサの白く整った顔面が近づき、額同士が音を立ててぶつかった。
「痛ッッ」
ハヤブサの長いまつ毛が、ほんの数センチの距離まで接近。大きく開けた口を、慌てて閉じた。
ぴったり額をくっつけながら、ハヤブサは表情ひとつ変えず、ちいさな声で言った。
「一人で敵の只中へ突っ込むのは構いません。弾を全て使い切るまで撃ち続けてもいいです。敵地深くまで独断で攻め入っても問題ありません。だって、」
優しく。
この残暑の中でもひやりと冷たい、細くて長い指がアラセの手の甲に触れる。その胸元を締め上げる手の力が、少し抜けた。
「殺したい、でしょう?」
ぼちぼちオラトリオ編も終わり!
ハヤブサとアラセは心の距離を縮められるのか?!




