第六十二話 オラトリオの叛攻-15
『止まれ!中央軍の三輪車ァ!!!』
「あぁ?!」
反射的に声を出しながらブレーキを踏んだ。主力戦車譲り、殺人ブレーキとまで評される制動力に優れたブレーキが、速度に乗った車体を急停止させる。
『アリ共の処理は東北軍が行うと聞いでねェのが!ガキが!』
砂塵を巻き上げて、獅子舞が停車するまでの間、罵声が止まない。完全に停まったことを確認し、アラセは獅子舞から這い出た。
無線機を片手に、迷彩服の一団が近づいてくるのが見えた。敵を倒すためにわざわざ呼ばれた、地元の東北軍だ。
「上の奴さ呼べぇ!」
東北訛り全開で、部隊の隊長とおぼしき中年の男性が無線機なしに怒鳴っている。
「おお!中隊長呼んだっちゃるき!」
全力で言い返す。こちらも訛りが出た。
家の傍から、土手の下から、生身の兵士たちが続々と集まってくる。全員、片手にライフルを握りしめて。
――囲まれる?
喧嘩を売るような態度だったので威勢よく買ってやるつもりだった、が。
屈強な陸軍兵士、それも皆、背が高い。獅子舞ドライバーの背が低いだけなのだが、右から左からやってくる兵士たちの威圧感と圧迫感が強すぎる。
次なにか言われたらどんな奴だろうと、腕でも指でも噛み付いてやる、と思っていたが――
何人いる?自分より背の高い、自分より明らかに力のある成人男性が、しかも武装して。
アラセの背筋に冷たいものが走った。汗か、それとも。たった一人で獅子舞から出たことに、今更ながら後悔する。
やがて、集団の中から少尉の階級章を光らせる小太りの男性が進み出てきて、アラセの至近距離まで歩み寄ってきた。
「坊んこ、中央軍だべ?」
肩を怒らせながら、小太り少尉がアラセを見下ろして言った。東北軍の縄張りに入ってきて手柄を横取りされたのが、よほど気に食わないらしい。
またここでも都民様とかそういう感じで言われるのか、と辟易しつつ、アラセが口を開いた瞬間、
「北方軍です」
氷点下の声が、刺さった。
⬛︎⬛︎⬛︎
なんでか知らないが喧嘩が起きそうだ。
小銃を持ったマッチョ集団が女子高生を囲んでいる。
いや、相手は一目で女子高生だと見分けられない――と言ったら本人に怒られるが。
ハヤブサは、アラセを追うように指示して走らせてきたトラックから降りて、日差しの下に身を晒した。半袖ワイシャツから伸びる自分の腕の白さが眩しくて、一瞬目を細める。
「坊んこ、中央軍だべ?」
隊長クラスであろう小太りの男性が、アラセに迫っていた。
アラセは今にも噛みつきそうな表情で相手を睨んでいるが、若干腰が引けているように見えた。大勢の男達に、ただひとり囲まれて、さすがに怖いのかもしれない。
これはまずい。が、止める方法がわからない。
一緒にトラックから飛び降りたアジサイが、行くべきか行かぬべきか、足元の砂をじりじり言わせながらファイティングポーズだけ取っていた。
「北方軍です」
ひとまず、声を張り上げた。
彼らは中央軍が出しゃばってきたことに腹を立てている。介入できるのは、第三勢力の自分だ。
とはいえ――アリとの戦争に、北方軍は遅れてやってきた。北方軍が何を今更、と言われれば話は振り出しに戻る。それどころか、無駄にややこしい事態にもなりかねない。
一種の賭けだ。
日に焼けた筋肉を見せつけるように腕を捲った、高身長の男達が一斉にハヤブサを見る。が、彼らよりもハヤブサの方が僅かながら背が高い。
「北方だ?この少年兵もかァ?」
小太り隊長がアラセを指差した。アラセはその指を見て、物理的に噛み千切ろうという顔をしている。
「彼女は俺の部下ですが」
言いながら歩み寄る。アラセが目を細めてハヤブサを睨んだ。
先に敵を見つけて、上空の露払いをして、逃げ出そうとするアリの一体を仕留めて。まさかここまで敵対されるとは思わず、このあと何を言えばいいのかわからなくて、ハヤブサの口は自動的にぴったり閉じる。
小太り隊長は、ハヤブサの顔を見て鼻で笑った。ガキを庇いにガキが来た、と言わんばかりの態度だ。
「指揮官だら、リードは握っといて貰わんと困るべや!どこの隊さ?」
訛りの強い口調での叱責。東北と北方は比較的語感が似ているからこそわかる、相手の苛立ち。
それでも、北方軍自体への敵愾心がないことがわかったので安心できた。それであれば――
この話し合いは、これで終わりにできる。
ハヤブサは短く息を吸って。左肩に縫い付けられた北方軍、その師団章のワッペンを、軽く触った。




