第六十一話 オラトリオの叛攻-14
アラセの拾い上げたヘルメット、そのHMDには敵を示す赤い凸マークがひとつも表示されていなかった。
偵察ドローンのカメラで捉えた画像から、敵味方を解析・識別してマッピングする仕組み。そのドローンが落ちれば、地図はまっさらになる。
『第二分隊、念の為搭乗』
しんと凍てつく声色で、ハヤブサから指示が降る。ヘルメットを脱ぐと、目の前に立っていたはずのアジサイは既に指揮車へダッシュしていた。
「了解!」
ヒテンが元気に答えて獅子舞へ駆けていく。
「さっきから休ませてくんないね」
ぼやきながら、ダイチも自分の獅子舞へと向かった。
「……おい」
自分も獅子舞の運転席に片足を滑り込ませながら、アラセは声を出した。呼び掛けずとも、向こうは察した。
「このあとは?どうなると思ってんだ」
『数秒でマッピングは回復、大本営から手出し無用と再通達がくるかと。乗っていただくのは、あくまでも念の為、です』
「あっそ」
用意されていた回答書面を読み上げるような、ハヤブサからの返答。その"予言"通り、わずか数秒後には、近くにいた二機目のドローンの展開と合わせて地図は回復。大本営からは引き続き、対処はフクシマ隊に任せよとの指示が出た。
すべてドンピシャに当ててくるので気味が悪い。
じゃあ乗んなくていいか、とアラセは上半身を獅子舞から出した。と同時に、また先ほどと同じ、子供の嘘泣きにも似た、ドローンのローター音が聞こえてきた。
「は?!」
『また落とされました、総員搭乗火器管制ロック解除。副兵装にて対空戦闘用意』
ハヤブサの口調が早くなる。次いで、アジサイ。
『大本営、こちらトゥースブラッシュ中隊!敵羽アリに対し、対空戦闘を実施する!送れ!』
『トゥースブラッシュ、大本営了解。フクシマ隊を援護せよ。送れ』
『トゥースブラッシュ了解!』
無線交信を聞き流しながら、アラセは獅子舞に潜り込みエンジンを始動させた。HMDにレティクルが表示され、すぐに二門の30ミリ機関砲が撃てることを示される。
アリが、空を飛べる大きな翅をもつ羽アリが、偵察ドローンを狙っている。
当然、今までもあったことだ。だが、ここまで連続して、執拗にドローンに攻撃を仕掛けられることは無かった筈だ。
なにか変だ、という恐れと焦燥感に似た衝動が、アラセの鼓動を速くする。
「羽アリ撃ちゃいいんだな?!」
左輪をロック、右輪を稼働、緩くアクセルを踏んで車体を左に向けながら言えば、アジサイが一言、そう!と叫び返してきた。
照準を視線追随モードへ変更し、間を置かずトリガーを握り込む。連続した衝撃と共に、30ミリ弾が虚空へ放たれた。
視界の先には、泳ぐように空を舞う羽アリ。通常の黒アリや白アリよりも一回りは小型で、体長の倍ほどの翅を広げている。シンプルに羽虫をデカくしただけの外観。
そのアリに、弾はなかなか当たらない。
距離があり、かつ移動している上空目標への偏差射撃ほど難しいものはない。副砲として二門備えられた30ミリ砲、それが6両で全12門。曳光弾の光の束が一斉に空へ放たれるが、一向に羽アリが堕ちる気配はない。
『あの人達は|対空ミサイル《M A N P A D S》持ってないの?!』
ミドリが少し苛立った様子で言った。麓の集落に展開している普通科部隊は、ここからでは遠く動きまでは目視できない。もしかしたら5.56ミリ弾を上空へ乱射しているかもしれないが、地上からミサイルが打ち上がる様子はなかった。
『落ちるまで撃て!』
アジサイの檄が飛ぶ。言われなくても、とトリガーを一定のリズムで握り、ペットボトルほどの長さの弾丸を秒速1,000メートルの速度で空へ叩き込む。
果たして、対空戦闘開始の号令から一分。
優雅に舞っていた羽アリは、何発かの砲弾に貫かれた。翅の動きをやめたその体を捩りながら真っ逆さまに集落を目指し、アラセたちが見守る中、なにかのビニールハウスに突き刺さるように落ちた。
――ノゾミが。
トーキョー絶対防衛戦の最中、アヤセ市の住宅街に墜落した羽アリを見て声を上げた瞬間を思い出す。
ノゾミは死んだ。あの声は、もう聞こえない。
『羽アリ撃墜、続けて後退中の敵に対し砲撃開始』
ハヤブサが告げた。
すっかり羽アリに意識を奪われていたので、ハヤブサの言葉の意味を理解するのに数瞬要した。
気付けば、集落を襲わんとしていたアリの集団は、山林へと姿を消そうとしていた。気付かれぬよう、対空戦闘の混乱に乗じて。
画像解析に頼る索敵において、背の高い木々に隠れられては不都合極まりない。
『逃すなっ!』
「逃すかッ!」
アジサイとアラセの声がシンクロした。勢いよくアクセルを踏み込み、緊急駆動用の補助ガスタービンエンジンが始動、黒い煙を吐き出す。
一瞬で時速90キロに達しながら、山の斜面を転げ落ちるように駆け抜けた。
ガタガタと揺れる車体、ハンドル。サスペンションが吸収しきれない土や石に乗り上げる衝撃を、全身で受け止めてなお加速する。
ガスタービンの煙と同じ量のアドレナリンが噴き出す感覚。
身体を突っ張らせるようにしてアクセルに神経を集中させ、農道から舗装路へ飛び降りる。そのまま照準を、木々に隠れようとする一番手前の黒アリに向けた。
距離1.3キロ、建物のまばらな集落において障害物なし。獅子舞のコンピュータが距離と偏差を数秒で弾き出した。
トリガーを押し込む。
衝撃で、爆発的な加速を見せていた獅子舞の速度が一瞬落ちる。放たれた砲弾は弓なりの弾道を描き、こちらを向きながら退却しようとしていた黒アリの顔面を吹き飛ばした。
「2-1敵1撃破ッ!」
誰に言うでもなく吠えた瞬間、予想外の声が飛んできた。
『止まれ!中央軍の三輪車ァ!!!』




