第五十八話 オラトリオの叛攻-11
そりゃ当然と言われたらそうかもだけど、毎回後方支援なのはちょっと気に入らない。
ハヤブサの指示通りにコナラの雑木林の中に身を潜めて、ヒテンはトントントン、と指先でハンドルを弾いた。
500メートルほど先に、第一分隊。戦争が始まる前から獅子舞に乗っていた、戦闘技術も運転スキルもある常任軍籍のタイヨウとミドリが先行。
自分たち戦時入隊生は、彼らよりも知識と経験が劣るため、当然のようにバックアップだ。
『1-1、副指揮官。第一分隊から移動開始。指示があるまで射撃は控えてください。送れ』
『1-1了』
短い返答のあと、第一分隊の3輌が動き出した。分隊長のタイヨウに続いて、ミドリ。そして、リュウセイ。
「……」
リュウセイとヒテンは同期だ。無口で静かなリュウセイと、明るく騒がしいヒテン。足して割ったら丁度いいのに、と訓練課程でよく言われた。
つまり、リュウセイもサブメン。
自分と同じでありながら、リュウセイだけが第一分隊所属の1-3となり、今もこうして最前線に投入されている。
――俺だって活躍したいのに。
運転技術も射撃能力も大して変わらない、なのに。
『第二分隊は各車の間隔を200メートルまで広げてください。それと……2-3』
「はいっ?!」
不意に呼びかけられ、裏返った声で返事をしてしまった。
『2-3だけ真北を向いてください。残りは第一分隊と同じ北西へ砲を指向。送れ』
「えええ俺だけ? ……2-3了解」
思っていたことがそのまま声に出る性格なのは、自分でもよく理解している。
なんで俺だけ仲間はずれすか?とまでは言わなかったから大人になったもんだ。
真ん中にアラセを据えて左右に展開。木々の合間を縫いながら、言われた通り200メートルほどアラセから離れ、コンパス機能を表示させて北を向く。
第一分隊のほうが見えない。戦っているのか、ただ進んでいるのか……どうなっているのか、自分だけわからない。
『ドローン到着、映像出します。1-3から見て11時方向に黒アリ4』
『1-3弾幕!1-2右の目標、集中!』
『1-3射撃開始します』
『撃て!』
『黒アリ3撃破!残り1、と奥から棘アリ来てる!』
『木が邪魔だ!1-3撃てるか?』
『1-3了、照準よし』
『撃てぇ!』
無線が一気に騒がしくなる。遠くからドンドンと砲撃の音が響いてきて、共有された地図から赤い凸マークが減っていく。
1-3、リュウセイが大活躍だ。
妬んでいる、なんてつもりはないと思っている。
たまたま配属先が異なるだけだし、第一分隊よりも第二分隊のほうが苛烈な前線にいたことだってある。
それでもなんとなく。
なんとなく、なんかやだな。
ヒテンは無言のまま、正面の木々を見つめた。
とはいえ獅子舞に開口部はない。自身は仰向けに近い体勢で搭乗しながら、HMDに映し出されるのは車体真っ正面。
木や花の種類なんて詳しくは知らないが、太かったり細かったり、なんだかいろんな木が視界いっぱい、見えなくなるまで並んで生えているのを眺めて。
――視界の奥の、豆粒以下にしか見えない、一本だけやけに背の高い木が、大きく揺れた気がした。
「……?」
気のせい、にしては違和感。
跳弾や流れ弾、撃つたびに弾き出される主砲弾の薬莢が飛んできたかとも思ったが、それも違う。
距離が遠すぎるし、なにより自分だけ、前線とは違う方を向いているのだから。
じゃあ鳥か、なにかしらの動物か。それにしては動きが大きすぎる。あんなに遠い木を揺らすほどの鳥がいたら怪鳥だ。
「……え、なんだろ」
小さく呟いて、カメラの望遠倍率を変えるものの、それだと手前の葉っぱやら草やらが邪魔をする。
やっぱ気のせいかなあ、と納得しかけたとき。
HMDから警告音。広域監視中の偵察ドローンが、前方に敵を補足。
『2-3正面に黒アリ数3距離748仰角6で対榴撃てますか』
ハヤブサの早口が飛んできて、弾かれたようにハンドルを握り直した。
なんで俺の真正面に敵が?!
「2-3了解!」
混乱しながらも元気よく応えたはいいが、木々が邪魔で直接照準ができない。ハヤブサに言われた通りの数値で砲を指向。木の幹には直撃しないよう、ほんの僅かに調整して。
『撃て』
短く鋭いハヤブサの指示に、トリガーを押し込んだ。
放たれた砲弾は枝葉を吹き飛ばしながら放物線を描き、数秒後に視界の奥の、背の高い木を幹から大きく揺らした。
『んだよこの木ッ!邪魔臭ェ!』
アラセの声がして振り向いた。アラセの2-1、ダイチの2-2の正面装甲が、四苦八苦しながらこちらを向こうとしているのが見えた。
そうだ、自分だけが北を、皆と違う方向を向いていた。ハヤブサがそちらを向けと言ったから。
獅子舞の戦車砲は、車体直マウントだ。お気持ち程度に砲口を左右に動かすことは可能だが、車体ごと動かさなければ敵を撃てない仕様。
敵がいるとの報せに、狭い森の中で車体を器用に転回させて砲を指向させるのに、これだけ時間がかかったということか。そしてまだ、完全に敵の方を向けていない。
『位置を共有する!2-3は引き続き連続射撃!残りの二輌も準備でき次第各個に撃て!』
アジサイの凛とした指示が飛び、ヒテンはもう一発、120ミリ砲を森の深くに叩き込んだ。
再装填が終わった頃、ようやくアラセとダイチも敵の方を向けたようで、後ろから轟音と衝撃と砲弾が飛んできた。
『おい!なんでこっちからも来るって分かった?!』
アラセが吠える。それは自分も聞きたいので、トリガーにかけていた指を一瞬離した。
『衛星画像と第一分隊が交戦中の敵の数が違ったのと、ドローンからの映像に、不自然に倒れている木があったので。あ、1-2はそこから……』
当たり前のようにハヤブサが淡々と返して、すぐに作戦指揮に戻った。
――その、僅かな違和感で。
自分が気のせいかとスルーしようとしたものに、鋭敏に警戒を向けて。敵が接近してくる前に、一方的に叩いたんだ。
もし全員が第一分隊と同じ方を向いていたら。
もしドローンの敵識別が遅かったら。
もし、誰も敵の接近に気づいていなかったら。
いつの間にかにじり寄られ、砲を向ける前に横っ腹を喰われていたかもしれない――
そんなIFを想像して、ぶわりと鳥肌が立った。密閉空間で室温が急上昇している車内で、悪寒がヒテンを襲う。
「怖…………」
ぽろりと口から溢れた。それは、敵に襲われていたらというIFへの恐怖心ではなく。
ハヤブサに対して。




