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第五話 歯ブラシ共のトッカータ-05


 後続の2輌がようやく追いついてきたようなので、一旦トリガーから指を離した。

 ぜえぜえと荒い息が漏れるのは、攻撃に集中しながらの高機動運転に耐えるため、しばらく息を止めていたから。

 

 撃破4。

 主砲で吹き飛ばしたのが3、副兵装で細切れにしたのが1。

 

 ――まだ足りない。

 地図上にはまだまだ無数の敵がいる。攻撃の手を緩めている暇はない。

 

「遅ェぞ!次の路地を右、駅の方に向かう!」

 指示を出しながら、ハンドルを右へ。アクセルを踏み込めば、モーターが猫の断末魔の絶叫のように唸りをあげた。

 その音に感化されるように、鼓動が早鐘を打つ。もっと早く、速く、疾く、と。

 

 仰向けに寝そべるようにして乗る獅子舞は、被弾率を下げるために極端なまでに車高が低い。その狭い車内での高機動に、左半身がヘルメットごと車内の内張りにびたりと貼り付く。

 首の筋肉を全力で使って前を向きながら、警察署と区役所の並ぶ交差点をほぼ直角へ強引に右折。遅れて後ろから、同じ二分隊の2輌が続く。

 

 アスファルトにタイヤ痕を刻みながら曲がり切ったところで、耳元でピピッという短い警告音。揺れる視界に焦点を合わせ直すと、ヘルメット一体型の、操縦士の視界を覆う戦術ディスプレイ(H M D)が、真っ先に()の姿を捉えて警告を発していた。

 

 曲線で構成された、敵の姿が映っている。高架の先、距離200メートル。大きな頭に真四角の超高速で振動する板を乗せ、なめらかな艶のある黒色の六脚で地面を歩いている。

 脚の後ろに、専門家達は動力パックだという機関を接続した彼らを、人類側はその姿から「アリ」と呼称した。特に頭に振動板をつけた奴らは、

 

「正面に白アリ!二分隊、徹甲!」

 

 真っ黒な姿とは裏腹に白アリと呼ばれる個体がもつ振動板は、眼前に存在する全ての物質を分子崩壊レベルで揺らし、壊し、灰燼と帰す能力を持っている。

 木造建築物はもちろん、コンクリートまで食い散らかすシロアリから取られた識別名称だ。人類の生活拠点の全てを破壊し尽くす奴ら。

 

 幸運か、不運か。その白アリはこちらに気付かず、無防備な胴体の側面をこちらに晒していた。

 

 ――殺す。

 

 正確には相手が生き物なのか機械なのか、判別していない。世界中の学者達がわからないものは、対峙している自分にだって当然わからない。

 わかるのは、一秒でも疾く一体でも多く、

 

「撃ち殺せ!!」

 感情をそのまま喉から迸らせながら、親指でトリガーを押し込む。号令と共に、後ろを追随する分隊機も同時に120ミリ滑腔砲を放ち、3発の徹甲(A P)弾が目の前の白アリに殺到。敵個体の横っ腹、薄い装甲を貫通。ボンッと吐かれる白煙と共に白アリが沈黙。

 

「二分隊、次の交差点で停止!」

『『(りょう)!!』』

 二分隊二号車(ツーツー)・ダイチ、二分隊三号車(ツースリー)・ヒテンが声を揃えて威勢よく応えた。

 

 動かなくなった白アリの脇を抜け、計画避難が実施された広々としている道路を疾走する。

「まだまだいるんだからな、弾なんか惜しむんじゃねえぞ!」

『了解、でも勝手に先行かないでください!』

 ダイチが困ったような声で言った。同意しながら、今度はヒテンが続ける。

『毎度ビビるんすよ、すんげえスピードで飛ばしてくから!』

「テメェらが遅いんだよ!!」

 

 怒鳴り返しているうちに交差点に進入。一時停止したところで、視界に白アリとは違う敵の姿が見えた。

 黒く流線型の6本脚。白アリとは違い、頭とよぶべき箇所に大きな鎌のようなものをぶら下げている個体。すかさず叫ぶ。

 

「こちら二/一(ツーワン)!黒アリを確認した、副兵装で対処する!送れ!」

指揮官(キーパー)了解、引き続き攻撃せよ!』

 アジサイの声がすぐに返ってくる。凛として聞き取りやすくハッキリとした彼女の声は、耳に突き刺さると同時に水のようにスッと脳に沁みる。

 了解、と返しながらトリガーに指を掛けた瞬間、

 

『あ、2-1(ツーワン)待て』

 

 別の声がして、反射的に指を離した。

 

 レーザーが敵との距離を一瞬で測距。そのデータを元に、風向と湿度を考慮した偏差まで計算が完了。主砲徹甲弾、副兵装徹甲弾、いずれも装填完了。親指を動かせばいつでも屠れる態勢。

 

 ――――次の指示が、

 しばらく待ってもこない。

 

「……こちら2-1(ツーワン)、射撃中止した。指示を送れ」

 口から出た声は、自分でも驚くほど低くて。

 

 こちらに気付かず黒アリが移動していくのが見える。獅子舞に開口部はない。全周囲に埋め込まれたカメラとセンサー類、それに接続したヘルメットの戦術ディスプレイ(H M D)だけが視界。先程から敵の姿を捉えたと、そのHMDがチカチカ警告を発している。

 奴らの向かう先は第一分隊の方向、さらに進めば先程渡ったばかりのツルミ川、タマ川――そして、トーキョー特別市。

 

 射撃中止の指示から、3秒。体感時間は何倍にも感じる。背中がジリジリするような感覚に、狭い車内で身じろぎ、思わず吠えた。

 

「トゥースブラッシュ2-1(ツーワン)からトゥースブラッシュ()指揮官(キーパー)!感悪ィんか?!次の指示を送れ!!アリの野郎が目の前歩きゆうが?!」

 

 アジサイと訪れた前進基地(F O B)で、ぼさっと椅子に座っていた男。白くて細い腕に野暮ったい黒髪、顔までは覚えていないものの、そのヒョロガリ野郎の声はまだ覚えていた。

『すみません、2-1(ツーワン)。トゥースブラッシュ中隊の副指揮官(キーパー)、ハヤブサ少尉です。少し、()()()()()になりますが、二分隊のみなさんも従ってください』

 

 ピピッ。ピピッ。視界にアリ達が入ってくる度に、HMDが警告を発する。涼しげにつらつらと話す声の男に、この状況が理解できているとは思えず。

『まず2-1(ツーツー)、前の2輌を視界に収められるよう、そこから更に3メートル後退して電柱の横に停止してください』

 指示の内容は、あまりに細かすぎた。

 

「さん……っ?! 目の前にアリがいる!撃たせろ!!」

『駄目です』

 

 だ め で す 。

 

 考えもしなかった否定文、予想だにしない禁令。一瞬、頭の中が真っ白になった。

※※2025/6/9

加筆修正しました!

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