第五十五話 オラトリオの叛攻-08
「味方に近すぎる砲撃を一定の範囲に叩き込んで、その砲弾と破片をすべて避けながら敵支配域を切断。敵が混乱から立ち直る前にその一帯を確保。それを連続させ、薄く切り取るイメージで、敵支配域を奪う作戦です」
ハヤブサが丸2日かけたシミュレーション結果、これが作戦概要。
とはいえ、突撃準備射撃は一般的な戦術。砲兵による攻撃と、タイミングよく前進する陸上部隊の連携は教本通りだ。
ミオはその作戦を聞いて、しばし考え込んでから。あーっと小さく声を上げた。
「もしかしてさぁ……まず敵陣にある程度斬り込んでぇ、そこに上から、砲弾落とす感じ?」
「はい」
さすがはミオ。アスカ先輩に教育され、幹部候補生学校で卒業まで学び抜いた、優秀な指揮官だ。こちらの意図を完璧に理解してくれた。
味方の頭上に砲弾の雨を降らす。
デンジャークロースなどという生優しい距離感ではなく。
それも、移動しながら戦闘している味方に絶対に当たらない位置、座標、角度で。
攻撃で周囲の建物が損壊するのも計算に入れて、確実に敵にだけダメージが入るように。
味方部隊は鋭利なナイフのように敵陣を裂き、降ってきた榴弾砲の曳火がそのキリトリ線を抉る。薄く、薄く、切り分けるように、しかし確実に敵支配域を奪う。
「なぁる……榴弾も節約できてぇ、エリア区切るから失敗すれば戻りゃいいしぃ、弾着と地上部隊の速度ぉ、常に細かく調整すれば被らんしょぉ……なぁるほどねぇ」
ふんふんふん、と頭の中でなにか考えているような仕草をしながら鼻を鳴らし、ミオはハヤブサに向き直った。真顔だったのが、また口角の上がったニヤケ面に戻っていて。
「やっぱぁ頭おかしいよねぇ、ハヤブサってさぁ」
――そんな特大の賛辞を喰らったのも束の間。いつの間にかアラセが聞き耳を立てていて、ミオに見つかりイジられた挙句、じりじりと朝日に焦がされるグラウンドの上、二人残された。
「……色々説明してくれねーかな」
ドスの効いたアラセの声に、はい、と消え入りそうな声で応えるのが精一杯だった。
⬛︎⬛︎⬛︎
ハヤブサは北方軍に属する軍人で、中央軍人ではない。
ここ数日食事も摂らず、睡眠も取らず、ひたすらシミュレーションに没頭していた。
良い作戦が思いつきひと段落したので、久しぶりに陽の光を浴びた。
そこで狡明ミオという、北方軍の同期とたまたま会った。
彼女が率いる部隊のコールサインは、吸血令嬢。
「いやアンタが吸血鬼じゃねえか太陽見るの2日ぶりって!」
ハヤブサの説明をしっかり最後まで聞いて、アラセの口から最初に出た言葉はそれだった。ハヤブサは感情のない顔で、太陽の眩しさにただ顔をしかめている。
心臓の神経を切断して冷静沈着マシンになっても、眩しいものは眩しいらしい。
「とにかくメシは食えし寝ろし!寝不足野郎に指揮されても困るっつの!」
「……すみません」
はああああ、と大きな溜息が出た。つくづく理解ができない。
もしかして自分の所為で触れられたくない過去に触れられて、殻に閉じこもってしまったのかも、なんて一ミリでも考えた自分が馬鹿らしい。戦闘指揮のことしか頭にない、正真正銘の鉄血指揮官なだけだった。
「で、その、ミオ准尉とはさ、」
おやすみのチューしてくれんのぉ?
ミオの言葉が脳内にこびりつく。
おふたりは、そういうご関係なんですかと。
理由はないがなんとなく気に触る。
別にハヤブサとミオが親密であったとしても別にどうでもいいし、別に見えないところでどう乳繰りあっていても別に、別に……
「別に気にしてねえんだけどどういう関係なんだよ」
一息で言い切って、ちらりとハヤブサを見た。当然、ハヤブサの表情は変わらない。
「同期ですが」
「ただの?」
「ただの」
「ただの同期と、お、おぉ、おやすみのチューすんのか……北方軍では」
別にどうでもいいんだけど北方軍の習慣なんだったらオレ詳しくないからさあ、的なニュアンスを思いついて、最後に付け加えた。
それでもハヤブサは、やはり無表情のままで。
「いえ。ミオの冗談です」
なんだやっぱり冗談かあ、という気持ち。
ミオ准尉のことは呼び捨てなんだ、という気持ち。
ふたつが複雑に混じり合った結果、
「……そか」
そんな言葉だけがぽつりと出力された。
「悪かったな話しかけて。オレ風呂行くから、アンタはちゃんと飯食えよ」
「はい」
ハヤブサは小さく頷いて、腰を押さえながら校舎の方に歩いて行った。
その姿を見送ってから、アラセは自分が、入浴後に使おうと思っていたタオルと下着類を強く握りしめていたことに気付いた。
――しまった。
獅子舞のハンドルには各種スイッチがあり、押下するスイッチの組み合わせにより、弾種の変更やカメラの倍率切替などを行うようになっている。
すべてのスイッチを押し込むのは、緊急事態宣言。
指揮官と各部隊員への緊急コードの発信、発煙弾発射筒の全弾発射、乗降用ハッチの閉鎖開放がすべて自動かつ同時に行われ、要は"戦闘不能だから逃げますね"という意味となる。
故に、間違って全てのスイッチを押してしまわぬよう、獅子舞ドライバーは拳を握らないよう厳しく徹底教育され、普段の生活でも拳を握ることがないようにしている。
アラセも獅子舞ドライバーとして、気をつけているつもりだったが。
「……んだよ」
無意識に拳を握り込み、タオルをぐしゃぐしゃにしてしまったことに、驚きと。
理由の見当たらない苛立ちに対する困惑に、ただ、立ち尽くした。




