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第四十九話 オラトリオの叛攻-02


 再検査の結果、異常なし。即時戦線復帰可能との結論。頭の包帯は外され、痛み止めの錠剤だけ手渡された。

 頭皮に叩きつけた止血用のステップルは2週間後に抜鉤(ばっこう)すると言われ、また痛い思いをするのかと少々げんなりしながら。

 ハヤブサは、市民病院の診察室を出た。

 

 東北軍区 シラカワ市。

 

 古くより関所として栄えた城下町。今もなお、復元物とはいえ白と黒のコントラストが美麗な城が、国営鉄道駅の向こうから街を見守っている。

 城なんてものを見たのは生まれて初めてで、でもそこになんの感慨もなく。歴史的背景も地方文化も、城が綺麗だと思う気持ちさえ、生まれない。

 感情と呼ばれるものを本当になくしかけてるな、と思った。それすらもどこか他人事のような分析で、いよいよげんなりする。

 

 病院ロビーへ出ると、軽傷者に混じってタイヨウがソファに座って待っていた。

 よっ、とタイヨウが手を挙げたので、お辞儀して小走りで向かう。

 

「迎えにきましたぜ少尉」

「すみません、お待たせして」

 

 そう返した自分の声があまりにも掠れていて、小さくて。今度は声までなくしかけているのかと思った。

 タイヨウは気にせず立ち上がり、ロビーに置かれた大型のテレビモニターに目を向けた。ハヤブサもつられて視線を向ける。

 

 テレビ番組、なんてものを観たのは久しぶりだ。

 トーキョーに着任してから一度も観たことがない気がする。

 画面の奥では、ニュースキャスターが神妙な面持ちでコメンテーターに意見を仰いでいた。

 

『――の作戦で、遂にトーキョーの放棄が――』

『――的な撤退と考えたとしても、あのー、大変残念な結果と――』

 

 人々のざわめきで聞き取りにくいが、目下の話題はトーキョーからの撤退だろう。

 当然だ。首都の放棄など、先の世界大戦ですらやらなかった。攻め込まれなかった、というのもあるが。

 

『――に際しては、()()()もかなりの――』

 

 ぴく、と勝手に眉が動いた。タイヨウが横目でハヤブサを見る。

 

『――ですね、中央軍それから東北軍に加え、あのー、今回は北方軍からの部隊も、あのー相当数が、投入されていると聞いていま――』

 

 小太りなコメンテーターがハンカチで汗を拭きながら喋っている。左下には"軍事評論家"の文字。

「……結構いるみたいですね、北方軍」

 テレビを眺めながら、タイヨウが呟くように言った。

 

  北方軍(あんたがた)も援軍で来てくれていれば、もしかしたら死なずに済んだかも知れねえのに。

 

 トーキョーに来た日。ツルミ駅での初実戦のあと、タイヨウから言われた言葉がリフレインする。

 自分以外の誰が参戦しているかは知らされていないが、テレビの報道が正しければ、トーキョー絶対防衛戦には満を持して、かなりの北方軍が投入されたようだ。

 

 そして結局、北方軍が来たからといって、トーキョーを守ることはできなかった。

 

 シミュレーターでは無敗だったのに、というちっぽけな過去の栄光(プライド)が、ハヤブサの胸の中で首をもたげた。

 

 だから何だ。

 シミュレーターでは無敗、絶対死ぬ最高難易度の訓練で生存、幹部候補生学校を主席卒業。

 実力を認められ、本来は准尉で卒業のはずが、ひとつ上の少尉の階級章をつけてもらってサッポロを送り出されたのに。

 

 実戦になった途端、3名の戦闘員を戦死させた。自身も負傷した。挙句、トーキョーから尻尾を巻いて逃げ出した。

 

「……」

 

 言葉が出ない。

 なにが北方軍だ。

 なにもできなかったじゃないか。

 

 呆然と立ち尽くすハヤブサの腕を、タイヨウが引っ張った。

「行きますよ。みんなが待ってる。それに、」

 タイヨウが周囲を軽く見渡して、少し顔を伏せた。

 

 何人かの兵士が黙ってこちらを見ていた。その肩には、山を形どったデザインで、"東"と描かれたワッペンが縫い付けられている。中央軍の"中"、北方軍の"北"とも違う部隊章。

 ――東北軍。

 

「ここじゃ都民様はお尋ね者だしな」

「……都民様?」

「俺のことだよ。俺や中隊長や、ヒテンもそうだな……トーキョー出身者は最近、都民様って呼ばれてる。トーキョーから惨めに逃げ出した、臆病でひ弱でエリートぶった、国賊だ」

 

 こくぞく。

 

 聞き慣れない言葉だった。当然、いい意味ではないのだろうと理解した。

 

 じゃあ俺は。

 味方を死なせ、東北軍区の医療施設で治療まで受けた自分は。

 国賊ですらないのかも。

 

 僅かに棘を感じる周りの視線を浴びながら、ハヤブサはタイヨウに連れられて、高速道路沿いに立つ市民病院を後にした。

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