第四話 歯ブラシ共のトッカータ-04
「うわあまたかよー?!もうっ!トゥースブラッシュは分隊ごとに躍進、全速前進!2-1を援護!!」
にぁぁぁぁあああああああ……時速90kmにも迫る軍用トラックの脇を、キレた猫の声と形容される独特の電気モーター音を響かせて、後続の獅子舞があっという間に疾り抜けた。
ハヤブサはその姿を眼下に見送る。人の背丈よりも低く、人では到底追いつけないスピードで駆けるその姿は、獅子舞ではなくさながら猟豹だ。
……アジサイは、また、と言った。
横目でアジサイを見れば、ため息をつきながら頭を抱えるアジサイと目が合った。
「いやぁ、あの子ねぇ、こういうとこあるから」
「こういう、とは?」
「勝手にスッ飛んでく感じのやつ」
「……そうですか」
短い訓練期間を経て、いきなり最前線に投入されると噂の戦時入隊生。逃げ出す人間もいれば、ロクに命令を聞かず突っ走る者もいると、聞いたことがあった。
誰がどの車輌に乗っているのか、顔も名前も一致しない状況での参戦。それでもハヤブサには、おおよその見当はついていた。
前進基地でアジサイの隣にいた、アジサイと姉弟のような少年兵に似た小柄な軍人。目つきの鋭いウルフカットの、あのドライバーだろう。
「いいんですか、先行させて」
言いながら、当然よくはないだろうな、と思う。
「だって勝手に飛び出して行っちゃうから……」
アジサイは困り眉だ。味方を助けたい、敵を倒したい、理由はどうあれ勝手に動かれるのは困る。
「猪突猛進、ていうのかな。怖いもの知らずだし、うまいこと敵をめちゃくちゃにしてくれるし、命令も聞いてくれる時は聞いてくれるし、一応そこらへんは信用してるんだけど」
言いながら、アジサイはハヤブサと同じタブレット端末の地図に目をやった。2-1は他の車両よりも明らかに速度が速い。おそらく、緊急機動に使われる補助動力まで全て使って急行しているようだ。
「と、いうわけでハヤブサ少尉!」
どどん、と大きな胸を張って、アジサイはハヤブサに向き直った。
「私が第一・第三分隊と、ほかの救援部隊全体の指揮を執るから、第二分隊を任せてもいい?」
「……え、俺がですか」
あの暴走児がいる第二分隊を?
「ハヤブサ君は猫好き?」
「はい、まあ」
「イノシシは?」
「イノシシは……好きでも嫌いでも……」
「おっけえい!」
――何がだろう。あんぐりと開きかけた口をそっと閉じる。
車列はもう間もなくツルミ川に差し掛かる。敵との交戦は近い。
「第二分隊の分隊長の子ね、猫みたいに気難しくて言うこと聞かなくて、イノシシみたいに突っ込みがちで、でもちゃんと指揮官の言うことはある程度聞いてくれるから大丈夫!軍の訓練課程でも優秀だったんでしょ?まだよく見てないけど」
キーパーという語は、三軸強襲戦車、通称獅子舞の部隊長にのみ使われる言葉だ。獅子を飼育し手綱を引く|飼育員《K e e p e r》が語源だとか。
イノシシを手懐けられる自信はないが。
『2-1交戦する!』
噂をすれば。アジサイから猫とイノシシのあいがけと評された2-1が、律儀に報告してきた。次いで地図上から、敵を示す赤い凸マークがいくつか一気に消えていく。
「2-1、指揮官了。2-2と2-3はそのまま続け!」
アジサイの指示とトラックのエンジン音に混じって、遠くから砲撃音が聞こえた気がした。
始まったのだ、戦闘が。
飽きるほど見たシミュレータの画面と同じだ。指揮官が見れるのは、敵と味方の位置がマッピングされた地図、偵察ドローンと偵察衛星の画像。
実際に敵と相対することもなければ、獅子舞の砲塔から弾が撃ち出されるのを五感を持って感じる訳でもない。
目の前で起きている、どこか遠くの出来事。
「細かい指示だけ出してあげてね、言ってもみんな優秀だから大丈夫!」
「細かい指示……」
アジサイの言葉に、オウム返しのように反芻して。
これがシミュレーションで、訓練通りにやるとしたら、自分は何を見て、何に備えるべきか。脳をフル回転させる。
「……アジサイ中尉。ひとつだけ確認を」
「んっ、何?」
額の汗を薄緑色のハンカチで拭いながら、アジサイは小首を傾げた。
「支援砲撃の要請は、可能でしょうか」
いよいよ戦闘パートです!
書き溜めておりましたので、GW中は1日4話くらいの勢いで投稿していく予定です。
隙間時間に読んでいただけたら幸いです。
カクヨム様でも同時投稿中!
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※※2025/6/9
加筆修正しました!