第四十六話 崩壊分裂ピウ・モッソ-03
case-03 ハネダエアポート清掃員C氏
軍人は靴を履き替えない。
戦場でついた泥だらけのブーツのままあちこち踏み荒らすので、あんなに綺麗だったハネダエアポートの床は、黒く汚れて変色してしまっている。
清掃に入る回数自体が半分以下になっている、というのも原因の一つかもしれないが。
その床を、ガラガラと音を立てて無数の台車が駆け抜けていく。
「あと半分!」
「積むのは情シスでやるから次持ってこい!」
「了解!!」
迷彩服の男たちが叫ぶ。ここはもう慣れ親しんだハネダエアポートではない。皇国陸軍の前進基地。
衰えてきた足腰に鞭打って、普段詰めている事務室に駆け込んだ。
「準備できた?!」
ドアを開け放って言えば、金髪の若い女の子が電子タバコ片手に書類をクリアファイルに入れていた。
「まだっす」
「急いで!!」
怒鳴るように返しながら、自分も書類整理に加わる。
日常清掃に加えてゴミ処理も自分達の仕事だ。もはや行政や各省庁は機能していないような気もするが、一応産業廃棄物管理票やら台貫伝票やらをまとめておく。
もし戦争が終わったあと、万が一にも前期の事業ゴミは何トンでしたか、なんて言われたら困る。
戦争が終わるかはわからないが。
「あたしコレやるから、ポリッシャーとかまとめてくれるかしら?」
ぼさぼさと視界にかかる白髪をかきあげながら金髪に告げた。ういーと雑な返事が返ってきて、すぐにポリッシャーやワックス缶を台車に乗せる音がする。
アリ共の攻撃で叩き起こされ、すぐに軍から緊急避難指示が出たのは、今から30分ほど前。
敵が目前まで迫ったため、まずは民間人から退避を、という話だったのだが、周りの状況を見るにどうやら軍そのものがこの基地を放棄するようだ。
置いていかれては堪らない。
「軍も都民様もひどいっすよねえー」
金髪が自動床洗浄機の上にポリバケツを重ねながら言った。
「都民様?」
「あれ、知らないんすか。帝都に住む民で、都民様。トーキョーだけは守るからっつって、ヨコハマはボコボコにミサイル落としたり、トーキョーから出たいって人はウチらが住んでるチバ市の市営住宅に優先的に入ったり。散々ワガママ言った癖に、結局トーキョーも守れないじゃないすか」
金髪の言葉に棘がこもる。が、言うとおりだ。
自分はヨコハマ市民だが、敵殲滅を名目に避難命令が出て、最低限の身の回り品だけを持って今はハネダエアポートに住んでいる。
トーキョーを戦場にしたくないから、ヨコハマで敵を食い止めるために。それだけのために、自分は家を捨てさせられた。
独身だからよかったものの、家族持ちなら。親や子がいたら。考えるだけでぞっとする。
「都民様ねぇ……」
ずいぶんな蔑称だ。傲慢で、身勝手で、トーキョーのことしか考えていない都民様。
同じ熱量で、ヨコハマも守って欲しかった。
クリアファイルをトートバッグに詰め込み、金髪に声を掛けてポリッシャーと一緒に事務室を出た。
ダンボールを両手に抱えた女性兵士達が走っていく。封のされていないダンボールからは、コミック本やキャラクターもののクッション、充電ケーブルなんかがはみ出ていた。
……ここに住んでいるのは、あたし達だけじゃないか。
軍人だってそうだ。ダンボールに入る程度のごくわずかな私物が、彼らの生きた証。
故郷を捨て、写真のひとつも持たず、ヨレた迷彩服と小銃だけを手に、この場所に住み着いた兵士たちだっている。
反対側から別の女性兵士の一団が走ってきて、まだある?まだある!と言い合っていた。
私物を一つ残らず持って行こうと奮闘しているのだろう。もうここにしか、思い出の品がない兵士がたくさんいるのだろうから。
両肩にトートバッグ、片手にポリッシャー、もう片手にハンディ掃除機。隣の金髪は洗剤缶とオートスクラバーとバケツの台車。私物はそれぞれ、背負ったリュックサックの中に。
兵士達の合間を縫って重装備で到着口へ走れば、軍人達が両手を振って案内してくれた。
「民間の方はバスが出ます!」
「ありがとうございます!」
無骨な軍用車両に混じって、鮮やかなラッピングの都市間高速バスが停まっていた。
清掃用具をトランクルームに預け、バスに乗り込んだ。リクライニングつきの3列独立シート、カーテンとアイマスクとwi-fi完備である。
ちょっといいバスを用意してくれたことに感謝。
窓際の座席に座り、痙攣を起こしそうな両脚をフットレストに乗せる。
汗拭きシートで顔を拭きながら、窓の外を見た。雨粒だらけの窓に映る顔がやつれている。ここ数週間で、シワも白髪も増えた気がする。
窓の外では、日に焼けた肌、刈り上げた髪、筋肉質な腕をした男たちが、雨に打たれながら台車のダンボールを次から次へと軍用トラックに積み込んでいた。
災害派遣のニュースでよく見た光景だ。飲用水や毛布を避難所へ運び入れる風景。今は逆に積み込んでいる最中だが。
「……どこに連れていかれるのかしら」
避難するとは言われたが、どこへとは言われていない。下手したら決まっていない可能性だってある。
狭い通路を挟んで隣に座った金髪は、カーテンもせずヘッドレストに沈み込んで寝息を立てていた。図太い女だが、このくらいの神経をしていないと、こういう環境で生き残れないのかもしれない。
あたしは。
寝れるかしら。
バスのコンプレッサーが唸り、心地のいい冷風が車内を満たしていく中、両肩を抱いて目を閉じた。




