第四十五話 崩壊分裂ピウ・モッソ-02
case-02 公財省官僚B氏
公共社会に資する財務を管理運営し、皇国の信用と健全な社会経済を守るため――
公財省の入省時に暗記させられたスローガン。
守る、とは言ったものの、これはいわゆる拡大解釈というやつではないか、と思う。
「赤外線センサー起動!もう撃っていいのか?」
「あ、先輩ダメです、トリガー半押ししてロックしないと」
バンカーズストライプのスーツに天然シルクのネクタイ。ポマードで固めた前髪は、雨でどろどろになっていて。
その肩に対戦車誘導弾を担いだ男達が、公財省の14階テラスに集まっていた。
官公庁街のオアシスとして設計された空中庭園の隅には、もともと置かれていた伊国から取り寄せた猫脚のベンチが、粗大ゴミのように雑に転がされている。
「距離1,700になったら発射!距離1,700になったら発射ーっ!」
主計部長が叫んでいる。
アリ共との戦いで国防省は予算を食い過ぎだと国会で喧嘩腰に言い放ち、じゃあお前らが代わりに戦えばいいじゃねえか、との売り言葉を真に受けて国家予算で買った結果がこれだ。
全てはこの主計部長が悪い。
まさか本当に、対戦車火器を「公財省防犯備品」として購入するなんて。
グリップに貼られた備品管理番号のテプラを指で撫でながら、もうすぐ40歳になる先輩が言う。
「1,700ってどこ見りゃわかるんだよ。この"RANGE"って奴か?」
「……ですね」
風で煽られ雨に濡れる紙の取扱説明書を見ながら答えた。ペーパーレスの時代に紙の取説とは、軍事の世界は前時代的だ。
「RANGE、2,000を切った!」
「まだ撃つなー!税金で買った高価な――」
主計部長がまたなにか喚き出したので無視した。
当然、戦闘などというものはズブの素人である。この"防犯備品"が届いたのは一週間ほど前だが、ミサイルを見たのも初めてだし、構え方だって知らない。
陸軍からの射撃訓練協力の申し出を、主計部長は断ったという。演習場までの交通費がどうのこうのと言って。
「ま、印刷局の奴らが無事に退避できれば、俺たちもとっとと帰るぞ。それまではサバイバルゲームだな」
公財省の附属機関である紙貨幣印刷局から、原版と印刷機を搬出し退避完了させるまでの間、この付近一体を自力で防衛するのが、若手官僚に課せられた任務だ。
国会で国防省と派手に喧嘩してしまった手前、陸軍に防衛を頼むのはメンツが立たないらしい。
「そっすね」
……こんな戦争ごっこをしに勉強して上京した訳じゃない。後方確認ヨシ!なんて声を出すために官僚になった訳じゃないのに。
「距離1,700!攻撃ぃ、はじめ!」
主計部長の絶叫に、意識を引き戻した。
このミサイルはソフトローンチ、圧縮ガスで筒から飛び出してからエンジンに点火するタイプだと取説で読んだが、念のために後方の安全を再確認。
ピィ……ピィピィ……ピィ……ピーーーーー
アリをロックしたと、ミサイルシーカーが鳴り出した。隣に立つ税制係長のミサイルも、反対側の共済課主任のミサイルも。
一拍おいて、誰かがミサイルを撃った。
つられたように、一発、もう一発と、ミサイルが夜空に放たれる。
その尻から真っ白い煙をブシューと吐きながら、ミサイルは踊るように暗闇を切り裂く――訳ではなかった。イメージとは裏腹に、発射煙も白い尾も引かず、弾頭は大気を僅かに揺らがせながら、あっという間に雨粒の向こうに消えていく。
やがて、ビルの合間に真っ赤な炎が立ち昇った。少し遅れて連続した爆発音。ほかのミサイルも続々と着弾しているようだ。
「当たりました?!」
「わかんね、遠いし見えねえわ!」
トータル数千万円の血税がこれである。
嘆息しながら次弾を担ぎ上げた。
「またスコープみたいなやつ接続すればいいんですよね?」
「あれ、なんか使い捨てって書いてなかったか?」
「マジすか」
「一回お前、説明書見ろ。次どこ撃つか狙ってくっから」
先輩は発射筒を床に投げ捨てて、柵の方へ歩いて行った。
――俺も撃ってみたいな。
なんて。広げた取扱説明書に雨粒が当たって、ゲラゲラと笑われているような不愉快な音を立てた。
「バカスカ撃つなよー!よぉく狙って撃てよー!」
また主計部長が怒鳴り始めて、辟易しながら顔を上げた時。
先輩が、暗闇の一点を指差して、言った。
「あれって軍隊アリって奴か?」
軍隊アリ――口に相当する器官から、車やらコンクリート片やらを、音速の数倍の速度で撃ち出してくる、アリ共のなかで唯一遠距離攻撃ができる個体。
もしこちらに向かって撃ってきたら、撃たれたと気づく前に、超音速の砲弾を喰らいプラズマ化してしまう。
マジすかヤバくないすか、と言おうと、口を開いた時。
視界が、白く染まった。




