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第四十二話 死神姫とアッラ・マルチャ-25


「ハヤブサ君!アラセちゃん!」

 アジサイの声が飛んできた。振り向けば、トゥースブラッシュ中隊の全員を率いて、アジサイが走ってきていた。

 

 足を繰り出すのに合わせて、ばるんばるんと愉快に揺れる双丘が雨粒を真上に弾くので、ハヤブサとアラセは同時に目を背けた。

 

「今のは――」

「流れ弾らしい。敵は6キロまで迫ってんぞ、どうする中隊長!」

 

 アラセの目前まで走ってきたアジサイが足を止めた。後ろに続いていた隊員達も、水溜まりを靴で蹴散らしながら一斉に停止。

 

「戦闘要員は獅子舞へ乗車、それ以外の各要員も持ち場につけ!あとアラセちゃんは一人で勝手に飛び出さないこと!!」

 了解、と声をあげて、皆それぞれの配置へ駆け出していく。


 一人だけ名指して怒られたアラセは、膨れっ面をアジサイに向けた。

「だってよ、」

「だってじゃない!アラセちゃんは大切な部隊の一員なの。最年少の女の子なの。本当は戦って欲しくないくらい――これは、アラセちゃんには失礼かもしれないけど、私はアラセちゃんに獅子舞なんて乗って欲しくない、安全なところに居て欲しいと思ってるよ!」

 

 一瞬、カチンときた。失礼かもと前置きをされても、その言い方は堪える。自分で戦うと決めたことだ、否定するんじゃねえよと。

 

「でもアラセちゃんは、守るために獅子舞に乗るって決めたんだから、一緒に戦うよ」

 そう言ってアジサイは、両手でアラセの肩を掴んだ。右肩に、包帯の感触が伝わる。

 ハヤブサとは違い、包帯越しでも熱いくらいの体温を感じた。

 

「一緒にね」

「……わかったよ」

 

 アジサイの左手首を優しく握って、そっと下ろした。怪我がどの程度かは詳しく知らないが、無闇に動かしていい状態でもないだろう。

 

 そのまま、ヘルメットを被った。獅子舞にケーブルで繋がれたままのHMDには敵味方の地図が常に表示されていて、確かにハヤブサの言う通り、普通科の部隊がアリと交戦している様子が見える。

 普通科、いわゆる「歩兵」でも対処は可能だ。大量の小銃弾、機関銃、対戦車火器を叩き込めば、アリは倒せる。

 

 だが当然、戦車ほどの機動力と火力に及ばない。

 獅子舞のほうが、早く確実に倒せる。

 

「アラセ陸士長」

 獅子舞に片足を突っ込もうとしたとき、ハヤブサの声がした。振り向かずにそのまま足を入れ、尻と背中で身体を滑らせて車内へ仰向けに潜り込んでから、顎を真上に向けた。

 ハヤブサの姿が上下逆さまに映る。

「あん?」

 

「貴女を死なせないように指揮をします」

 

 表情まではよく見えないが、ハヤブサの声が頭上から降りてきた。言い終えたハヤブサはさっさと歩き去ってしまい、獅子舞の油圧式乗降扉がゆっくりと閉まる。

 

「……オレ、なんかそんなこと言ったっけ」

 たぶん言った、エレベーターの中で。頭に血が昇っていてあまり覚えていないけど。

 

 各種機器が目を覚まし、HMDに次々とREADYの文字が表示されていく。

 バッテリー満充電、全火器弾薬満載。データリンクも通信機器も外部カメラも全て万全、いつでも戦える。

 

『こちら指揮官(キーパー)。トゥースブラッシュ各車、国防省ビルの周囲に展開!敵を警戒し、脅威となるものは全て排除する!』

 無線からアジサイの凛とした指示が飛んだ。

 

『防衛線のあちこちに穴が空いて、だいぶ攻め込まれてる。一番近い敵は直線距離で5.4キロ、たぶん黒アリ!ビル関係者退避のために少しでも時間を稼ぐよ!』

 

 先程は6キロ。今は5.4キロ。

 敵が近付いている。トーキョーの都心部で、あんなにたくさんの兵力が集中していたのに。

 

 近づけさせてしまっている。

 

『細かい配置は俺が指示を出します』

 ハヤブサが抑揚のない声で告げ、タイヨウが細かすぎんのはやめてくれーと軽口を叩いた。

 

 その声を聞いて、大丈夫、いつも通りだと言い聞かせた。

 すぐそこに住んでいる家があること以外、いつも通り。

 アラセは目を閉じて口を結び、鼻から全ての息を吐き出した。

『作戦開始!』

 アジサイの声に目を開いた。

 

 時刻は午前4時、いつもなら明るくなり始める空は、この街の未来を映すかのようにどんよりと黒くて重い。

 まるで、黒アリの装甲のような色をしていた。

 定数を3両減らしたトゥースブラッシュ中隊の獅子舞は、その6両が一斉に、生ぬるい雨の中へと躍り出た。

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