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第三十七話 死神姫とアッラ・マルチャ-20


 集中豪雨になるだろうとの予想は僅かに外れ、雨は本降りとは言えないほど、少し落ち着いてきた。

 ヒテンはペットボトルの水を喉に流し込みながら、補給要員が両手で抱え上げる、雨に打たれる銀色の砲弾を見ていた。

 

「……あれって濡れても大丈夫なんだ」

 深夜1時半。ヒテンの真後ろを、水飛沫を散らしながら救急車が駆ける。

「中に水入らなきゃ大丈夫なんじゃねえの?知らんけど」

「へえー」

 適当に答えたアラセもまた、隣で水を一気飲み。

 

 獅子舞への給弾とバッテリーの充電が終わるまでの間、ドライバー達はテント(天幕)の中で小休憩をとっていた。アラセの毛先と同じ濃い緑色のテント。

 雨粒が天幕を叩き、戦車砲や無反動砲の射撃音が鼓膜を揺らす。

 最前線はすぐそこ、ほんの数百メートルの地点。軍隊アリの砲撃は止んだが、依然としてアリが近寄ってきている。

 

 報告では、()()()()()()()()()()()()らしい。

 海軍の洋上監視ドローンの映像を見たというアジサイが、血相を変えてそう報告してきた。

 黒アリや白アリといったアリ共は、水に浮かばない。唯一、フロートのようなものを装備した水アリが水上渡河能力をもつ。

 その水アリの上に、黒アリや白アリ、軍隊アリが乗ってトーキョー湾から侵攻してきたという。

 

 幸い反撃自体は順調で、奪われかけたD滑走路のはるか沖合までアリを追いやった。今は追撃の砲火が噴き上げているところである。

 ハヤブサの初期対応、10分以上前に撮られた偵察衛星画像から敵の現在位置を予測してのマッピングは功を奏し、海軍のドローン到着までに4分の1程度の敵は撃破できていたらしい。

 そのハヤブサは、依然軍用トラック(三トン半)の中に籠り、敵の状況を監視している。

 

「……謝ったんすか、ちゃんと」

 ぽつりと溢すように、アラセに言った。

 ハヤブサはノゾミ達、第三分隊を助けに行った。絶命していてもなお、その遺骸を狭い車内から出して収容しようとした。だが、敵が目前まで迫り救えなかった。

 自分たちはそれを責めたのだ。見殺しにしたと、どうせ兵器の一部にしか思っていないんだろうと。

 そのときのハヤブサは、一言も声を発さずに黙って雨に打たれていた。謂れのない罵詈雑言を浴びてなお、表情を崩さずに。

 

 アラセは無視して水を飲み続けているので、ヒテンは続けた。

「ハヤブサ少尉のこと、俺もまだあんま、信じてないっていうか……何考えてんだろって思うこととか、細かすぎだろって思うこととか、全然あるけどぉ……」

 

 でも。

 アジサイを身を挺して守り。

 ノゾミを助けようと最前線に出て。

 細かすぎるような指示も、不可解な命令も、敵を倒す為に。

 

 自分たちを、守るために。

 

「悪い人じゃないのかなぁって」

 そう言って、ヒテンは手にしたペットボトルをべこべこと指で押し潰した。キャップを締めたペットボトルは、押せば押すほど反発して戻ってくる。

 まるで心臓みたいだ。

「冷血っつーか、機械みたいって思いますけどぉ」

 

 少尉には心臓がないのかな?と思った。暑いのにたいして汗もかかない。どんな場面でも、少し早口になる程度で、焦ったり怒ったりしない。

 

 笑いもしない。

 笑える状況なんてほとんど無かったけど。

 

 とりとめもなく考えながら、言葉を紡ぐ。もともと考えることも、それを言語化するのも得意ではないから。

 でも――

 

「でも俺たちのこと、考えてくれてんのかなとは、少しは感じるんで」

「……少しね」

 初めてアラセが口を開いた。ガリガリと頭を掻きながらそっぽを向いている。こちらを向かないのは、表情を読まれたくないからだと、それくらいはヒテンにもわかった。

 

 ハヤブサのことはいけ好かないし、どちらかといえば嫌いだし、でも悪いヤツとは思えなくて。

 それを、どんな顔でそれを肯定すればいいのか、わからないのだろう。

 

 素直じゃないっすねえ、とは口に出さなかった。言ったら殺される、多分。

 

「素直じゃないねー」

 滅びのワードは、アジサイの口から。

 

 どこから聞いていたのか、左肩をさすりながらアジサイが歩み寄ってきた。

 ヒテンとアラセが同時にアジサイの方を向く。アラセの顔がどうなっているかは、アジサイの反応を見てわかった。

 

「あぁいや素直っていうかそろそろハヤブサ君のこと認めてあげてもってか認めるも何もえーとなんていうかなとりあえずお水飲みなよ氷入れてあげるからそんな怖ぇ顔しないでチビりそうほんとに」

 

 アジサイの額に光る汗は暑さからではなさそうだ。

「ふんっ……」

 絵に描いたような鼻息を吐いて、アラセはまたそっぽを向いた。

 

 足首のテーピングを巻き直したダイチが戻ってきて、アジサイの顔を見て「え、何」と言いながら、足を庇うようにして座った。

「ダイチさん、足大丈夫です?」

「んー、まあな。獅子舞乗るのには支障ない。補給はあとどれくらい?」

「あとちょっとで終わる予定だよ!」

 

 話題が変わったので安心したのか、アジサイは元気に答えた。自分より5歳年上だが、テンションはおんなじだよなあと思う。

 

「2、3分くらいかな。今のうちにできるだけしっかり休んで!大本営に寄ったあとどうするか詳しくは聞いてないけど、たぶん姫アリと戦うことになると思う。敵はすごい数集まってるし、ムサシコスギの方まで奪われてるっぽい」

 ムサシコスギ――天高く聳えるタワーマンション群で有名な地だ。FOBのある、ここハネダエアポートからは、直線距離で僅か10キロほど。すぐ、そこだ。

 

「雨降ってんのになあ、アイツら水は嫌いなんだろ」

 アラセが空を見上げながら言う。

「姫アリが()()()()を出した、と大本営は見てるみたい。そうでなきゃ、こんな雨の日に、しかも夜になっても活発に動くなんて、今までほとんど無かったからね」

「姫って指揮官(キーパー)みたいなもの?」

 ヒテンが問えば、アジサイは少し迷ったあと、うんと頷いた。

「よく、わかってないけど。前線指揮官みたいな役割だって考えられてるよ」

 へえー、と第二分隊3人の声がシンクロ。

 

 とはいえ所詮はアリだ。アリは集団で、津波のように全てを壊し、押し流しながらまっすぐ進んでくるだけ。

 それはそれで恐ろしいが、そこに戦術も戦略もありはしない。組織的に動けば押し返すチャンスはあるはずだ。

 そうでもなければ、俺の家がなくなっちゃう。

 

「中隊長!獅子舞への補給、予備弾薬ほか一式の積み込み、完了しました!」

 補給要員達が駆け寄ってきて、アジサイに告げた。

 軍用トラック(三トン半)からはハヤブサがタブレット片手に降りてきて、いつの間にか別のテント(天幕)にいた第一分隊の3人も集まっていた。

 

「よし!」

 アジサイは大きく力強く頷く。呼応するように、どこかで戦車砲の咆哮が響いた。

 

「皇国陸軍中央軍、第五十六三軸強襲戦車中隊トゥースブラッシュ、これより移動する!過度に恐れず、己と味方を信じ!ノゾミ達、第三分隊の分まで――我らの帝都に侵入したアリ共を叩きのめす!……全員、乗車!別れッ!!」

 

 ごう、と風が吹いた。

 アジサイの、ハヤブサの黒髪を。ヒテンの跳ねた癖毛を大きく揺らして、その生ぬるい風は戦場と化した滑走路を、不器用に撫でていった。

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