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第三十六話 死神姫とアッラ・マルチャ-19


 報告書や損傷車両のモジュール交換にばかり気を取られていた。

 今は軍事作戦中で、帝都トーキョーを中心とした安全圏確保のために、敵地へ駒を進めていることを失念していた。

 なんとなく頭の片隅にあった、タチカワ方面を担当するEブロックの苦戦の状況すら、今となっては頭の片隅に追いやられていて。

 

「姫アリが――?!」

 

 大本営からアジサイ指名で飛んできた無線通信に、アジサイは耳を疑った。

 

『FOBへの奇襲も姫アリの侵攻と同調しているものと思慮される。トゥースブラッシュ中隊はしかるべき補給ののち、大本営まで移動せよ。送れ』

 

 姫アリ。

 アリ共の指揮官と推定される、大型の個体。

 地球各地でその存在は確認されており、皇国にも複数体がいると考えられている。

 

 現に、オカヤマ方面からオオサカへと移動する避難民を守るため、ヒメジ市郊外で展開した通称"ヒメジ城の戦い"では、姫アリ率いる大部隊により西方軍が大打撃を受け、数時間でコウベ市まで失った。

 

 同一個体かは不明。それが、まさかタチカワに――。

「トゥースブラッシュ了解、至急後退させる」

 その声は、自分でもわかるくらいに強張っていて。

 

 言って、タブレットで地図の倍率を変えて全体の戦況を見た。飛行場制圧のためタチカワに展開していたEブロックの部隊は見る影もない。

 味方の一部はセタガヤ区内にまで後退し、スギナミ区も半分ほどが敵に奪われている。

 

「ここまで……」

 思わず小さく呟いた。なにがトーキョー絶対防衛戦だ。トーキョー23区内にまで、敵に侵入されているなんて。自分はそれに、気づかなかったなんて――!

 

 背中合わせに座るハヤブサは無言のままだ。衛星のサーマル画像から、敵を撃破したかどうかの判別をしている最中である。

「ハヤブサ君、部隊を下げるよ!」

「了解」

 振り返るでもなく短く答え、ハヤブサはタブレットから目を離さない。ハヤブサにはハヤブサの仕事がある。

 

 焦っちゃダメだ。私にも、私の仕事がある。

 

「トゥースブラッシュ、指揮官(キーパー)アジサイ。一時、後退します」

 そう告げて、ドライバーにも後退を指示。

 

「補給班、獅子舞へ使用分の弾薬補給後、トラックに予備の弾薬も積み込めるように準備。衛生班、物資の点検急げ。大本営(イチガヤ)まで移動するよ!」

 FOBの奥に控えていた後方支援の各隊から、了解!と返事が返ってくる。その返事を聞き流し、味方が右往左往する地図を凝視。タブレットを指でなぞりながら、安全で最短なルートを設定。

 

「トゥースブラッシュ、指揮官(キーパー)2/3(ツースリー)を先頭に単縦陣、L-9誘導路にて移動開始!」

2/3(ツースリー)指揮官(キーパー)、えるきゅーってどこ?』

「あれ、なんか書いてない?」

『暗くて見えない!』

 

 ヒテンの声に、むむ、と口を尖らせる。雨天で深夜だ。標識や看板があったとしても見えにくいし、そもそも標識の見方は自分だって知らない。

 地図上の部隊配置を再確認。

 

「じゃあ、左手に二三(ニーサン)式戦車回収車って見える?戦車の形してて、でっかいクレーンが後ろ向きに乗っかってるやつ!」

『ありました!その隣がL-9?』

「そう!」

 大きく頷きながら返せば、地図上で一列になった自部隊が自分の想定通り、誘導路をゆっくり進んでこちらに戻ってくるのが見えた。

 

 まずは補給を速やかに終わらせて、帝都の都心部を抜けて、大本営が設置されているイチガヤの国防省ビルへ。

 それから?

 まっすぐ姫アリ戦線に向かう訳ではないのかと少し疑問を覚えつつ、目の前の部隊配置に集中する。

 自分の仕事を、きっちり完遂する。その一心で。

死神姫編はもうちょっとで終了!

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