第三十五話 死神姫とアッラ・マルチャ-18
各部をモジュール化しているのは、故障箇所は修理するより交換してしまった方が戦線復帰が早いからだ。
足回りがボコボコになった第二分隊の獅子舞達は、牽引されて命からがらFOBに着いて、ものの5時間足らずで故障モジュール全ての交換を完了している。
「っしゃ行くぞ!!」
新品の足回りに新品のバッテリー、各種弾薬も満タン。視界を覆うヘルメットと一体型の頭部装着ディスプレイだって満充電だ。
完全に戦闘準備の整った獅子舞のアクセルを踏み込んで、アラセは怒鳴るように言った。ダイチとヒテンの「応ッ」がそれに応える。
二三式主力戦車、四三式主力戦車、四九式機動戦闘車、五八式三軸強襲戦車……皇国陸軍の主力戦闘車両が、さながらパレードのように同じ方向へと進んでいく。
踏み潰されまいと、肩に無反動砲を担いだ生身の兵士たちが右往左往していた。
「2/1、指揮官!敵の位置は?!」
『ハヤブサ君が計算中!暫く待て!』
アジサイの声。地図には依然、敵の位置が反映されない。戦況マップは全部隊同じものが大本営から送信されてくるので、他の部隊も敵の正確な位置はわかっていない。
「位置もわかんねえのに撃てねえぞ?ハヤブサは場所掴んでんのか?」
深夜、雨天。
肉眼で敵の位置は確認できない。獅子舞や主力戦車に搭載されている、赤外線を使うサーマルセンサーだって、検出距離には制約がある。
獅子舞に乗る身としては、マッピングされる情報だけが頼りだ。
逆を言えば、マッピングさえされていればそちらに砲口を向けられる。
『取り敢えず予定位置まで前進!』
先程からアジサイはそう繰り返している。D滑走路の真ん中あたりまで、とにかく進めと。
それは他部隊も同様で、A滑走路をぞろぞろと濃緑の鋼鉄の塊が移動していた。
――ドォン
敵の攻撃だ。軍隊アリが放つ超音速の弾丸がまた一発、滑走路のどこかに着弾。自分より遥か後方で閃光が瞬き、振り返った瞬間火柱が上がるのが見えた。
『小隊長が――った――巻き添――』
どこかの隊の絶叫が混線する。たった一発の砲撃はしかし、現用最強といわれる砲弾、装弾筒付翼安定徹甲弾を優に越す破壊力。主力戦車の正面装甲を、まるでダンボールでも重ねて貼り付けたのかと嘲笑うかのように、いとも簡単に貫き消し飛ばす。
まだか、と焦れる汗が、アラセの首筋を伝う。
一方的に攻撃されている。敵の位置も数もわからない。
早く反撃したい。
早くノゾミ達の仇を討ちたい。
早く射撃したい。
早く殺したい。
早く。早く、
早く!
『トゥースブラッシュ各車、その場で停止!横並びに単横陣!』
唐突に、アジサイが指示を出した。ブレーキを踏み込んで、車体がガックンと揺れて急停止。
『え?あぁ、みんな、車体の間隔は50センチ以内で停めれる?』
無線に乗るその声は、少し困惑していた。
どうせアジサイの隣でハヤブサが、間隔は50センチ以内と指示してください、とでもほざいたのだろうと、容易に想像がつく。
クソ面倒臭ェ野郎だ。
「2/1、了解!」
誰よりも早く返事をして、アラセは左右に握るハンドルを操作した。
タイヨウの1/1の隣にミドリの1/2がぴたりと並び、さらに隣に停めたリュウセイの1/3から、10センチと離れていない距離まで自車を詰める。
これで文句ねえだろ、と言わんばかりに。
『射線を確保する。各車、30ミリ、仰角50度、単発!』
トゥースブラッシュ全6両が横並びになった直後、アジサイから再度の指示。
目の前には複数台の味方戦闘車両が動いている。このまま撃てば同士討ちだ。
アジサイの指示通り、副兵装の60ミリ機関砲を仰角50度で固定。連射モードから単射モードへ。前輪の左右にマウントされた、左右へはほとんど振れないが上下にはよく動く砲身が、雨雲へと屹立する。
『中隊集中、撃て!!!』
号令を聞くや否や、6両が一斉に発砲。緑色の鮮やかな尾を描き、30ミリ機関砲の曳光弾が爆炎と共に夜空へ放たれた。
前を塞いでいた他部隊の車両は、その発砲を見てまた移動を始めた。射線に被らないよう、右へ左へ。
『指定位置に向け主砲攻撃を行う。中隊、徹甲!』
凛と響く指示に従い、弾種を選択。頭上の自動装填装置から金属同士の擦れる音が響き、少し遅れてHMDに"AP READY"の表示が出た。徹甲弾、装填完了。
思わずトリガーに指を掛けてしまい、握り込まないようにその指に神経を集中させる。
『仰角7度、雨風は考慮しなくて構いません。射撃用意』
ハヤブサの冷たい声がした。アジサイのよく通る力強い声質ではない。男性特有の少し低い、それでいて感情を微塵も発露させない、機械の合成音声のような音。
――結局謝れんかったな、マジで。
ハヤブサの仏頂面を思い浮かべた途端、そんな後悔が一瞬、脳裏を駆け抜けた。
『撃て』
短い指示。間髪入れず発砲。車体全体を揺らす衝撃波は、降り注ぐ無数の雨粒をも吹き飛ばし、車体全周に埋め込まれたカメラとセンサー類が一瞬真っ白になる。
カメラが雨水を撥水し復旧してきた頃、深淵のような真っ暗闇がどこまでも続くその向こうで、なにかが赤く光った。
『撃破。次も徹甲です、装填。仰角6度、全車3センチ右へハンドル回頭』
『うぉ、撃破かアレ!』
引き続き淡々と指示を出すハヤブサに、タイヨウが驚いた声を重ねた。遠くで見えた一瞬の瞬きは、敵の爆散する最期の灯火だったらしい。
『敵はまだまだいるわ。1/2AP装填よし』
ミドリが感情を抑えながら告げる。
『りょ、……さんせんち?!』
ヒテンの驚きはタイヨウのそれとは別で。アラセも、また始まったとばかりにヘルメットごとかぶりを振った。
右後輪をロック。左後輪のみを動輪とし、アクセルをほんの少しだけ踏む。HMDに表示されるレティクルが僅かに震えた。これが3センチかはわからないが。
『撃て!!』
今度はアジサイの号令。再度、6両同時に火を噴いた。ぴたりと横並びになった獅子舞の前後左右に、衝撃波の水飛沫が舞う。
『撃破』
HMDにも地図上にもなにも表示されず、ハヤブサの淡々とした声だけが攻撃成功を告げる。
遠かったのか雨の影響か、今回は敵爆散の炎は見えなかった。
『今のは何を殺ったんだ?軍隊アリか?』
『……すみません、種類まではわかりません。そこに敵がいるかどうかしか、俺には見えていないので』
タイヨウの少し興奮したような声に対し、ハヤブサはいつまでも冷たく冷静だ。その冷え切った声色が、昂る心を鎮める効果があるのを、アラセは薄々感じていた。
これで、アジサイのいつものテンションで「わかんないけどどんどん撃つよーっ!」なんて言われたら、おとなしくしていられなかったかもしれない。
『でもこれで、敵の位置予測に攻撃を収束させられれば、攻撃が通るとわかりました。全部隊に、臨時の敵位置情報をマッピングしたものを共有します。海軍の洋上監視ドローンもまもなく到着する予定』
攻撃の収束。敵の位置がわからない目隠し状態でも、砲の向きと角度を合わせ、おおよその位置に集中砲火を浴びせれば撃破ができる。狭い範囲に対する"数撃ちゃ当たる"戦法か。
センチ単位でオレ達を動かしたのは……アラセはふっとため息混じりの息を吐いた。相変わらずどう考えても言葉が足りない。
『射撃管制と部隊配置は私がやるよ!徹甲装填、仰角そのまま!』
アジサイの指示の直後、味方の白色や青色の凸マークしか表示しかなかった地図上に、真っ赤な大群が現れた。いくつあるか数えたくないくらいに。
『中央軍第五十六三軸強襲戦車中隊、アジサイ中尉です。我が隊でマッピングした敵の位置情報を共有します!射線確保のため、突出している中央軍リュミエール中隊と東北軍第九偵察大隊は――』
早口でアジサイが告げ、指示に従う部隊がゆっくりと移動していく。滑走路というあまりにも開けた場所に戦闘車両が密集しすぎているため、一部の部隊は自らの判断で前線から後退したものもいるが、敵出現の報せを聞いて歩兵も車両も前に出過ぎた。
――そもそも。全体の指揮を執る、将官クラスからの指示がどこからも出ていない。
少し間があって、あちこちから砲撃音が響き始めた。
視界の遠くで洋上に火柱が上がり、地図上の赤い凸マークがひとつずつ、しかし着実に消えていくのが見えて。
「っし!」
思わず声が出た。
軍隊アリが放つ砲弾の威力は絶大だ。音速を遥かに超えるスピードで打ち出されたそれは、空中でプラズマ化しながら数キロを一瞬のうちに飛翔し、着弾地点にいたものを吹き飛ばす。
しかし、軍隊アリが抱えられる弾はひとつだけ。一発撃てば、あとは攻撃手段のほとんどない黒アリと一緒だ。
対してこちらは弾薬を満載した戦闘兵器。搭載量の少ない獅子舞でさえ、12発の120ミリ弾を携行している。
このまま撃ち続ければ。お互い遮蔽物のない場所だが、こちらには連続射撃というアドバンテージがある。
正に寝耳に水――寝てはいなかったが。不意に基地に攻め込まれそうになったものの、なんとか撃退できそうだ。
アラセの口角が少しだけ上がる。これで、勝てる。
ようやく、車内の蒸し暑さとか、汗で背中に張り付いたTシャツの不快感とか、そういえば靴下履き替えようと思ってたのに忘れてたなとか、戦闘以外のことに意識が向いた。
昼の銭湯でもたっぷり汗をかきまくっているのに、シャワーも浴びれていない。夕方覗き見た女性用シャワールームに並ぶ列は、アオヤマ通りにできたばかりのスイーツの店より長かったから。
……あのレーズン生サンド、美味かったな。
そんなことを考えながら次弾を装填していたとき。
『トゥースブラッシュ、指揮官アジサイ。一時、後退します』
唐突にアジサイの、妙に強張った声がした。




