第三十話 死神姫とアッラ・マルチャ-13
水飛沫を派手に撒き散らしながら疾駆する鋼鉄の塊、四三式主力戦車の一団と高速道路ですれ違った。
雨に打たれながらも隠れ家から這い出てきた無数のアリの撃破のため、再度アヤセ市へ突入するのだという、Cブロック第8陣。
もともとフジ山の麓、ゴテンバ市の攻略のために温存されていた部隊だ。それよりも遥かに手前、トーキョー近郊での戦闘に急遽投入されるほど、戦線は滅茶苦茶らしい。
……主力戦車なら、耐えられたのかな。
そんなことを一瞬考えてしまい、アジサイは頭を強引に左右へ振った。
ノゾミ達の状況は、タイヨウから聞いた。
ドラッグストアに入る直前で、曳火砲撃による爆圧を受け、比較的脆かった獅子舞の車両後部ドアが大きく変形。もともと狭い車内で身動きが一切取れないまま、店内にかなりの速度で突っ込んで、内部構造物に激突。
前に後ろに大きく揺さぶられた彼らの骨が、内臓が、脳漿がどうなったかは、想像したくない。
それでも、もしかしたら。
自分がもっと早く指示を出していたら、ノゾミだけでも助かったかもしれない。
砲撃が来ると聞いて全車両へ退避位置を伝えたのは、ハヤブサだ。自分ではない。あの時自分はただ、困惑と怒りに飲まれ、なにもできなかった。
しまいには、ハヤブサに守ってもらい、彼に怪我を負わせた。
自分は、一体何を。
『トゥースブラッシュ、こちら前進基地』
無線がアジサイを呼んだ。重く陰鬱な意識を引き戻し、無線機に手を伸ばす。
「トゥースブラッシュ中隊長、アジサイ中尉です」
『トゥースブラッシュはFOBまで後退し、補給と休養を完了せよ。送れ』
――補給と休養?
大雨にも関わらず、敵の進軍が止まらない。トーキョー市外縁をギリギリ守っていた頃よりは、皇国軍も前進できてはいるものの、それでも僅か数キロ。
それでいて当初の予定の半分以下しか進めておらず、部隊の損耗は想定を遥かに超えている。
補給を終えて再度出撃しろということか。しかし、補給ポイントは各所に設けられ、至る所で支援大隊が弾薬を準備しているはずだ。
「FOB、トゥースブラッシュ。補給了解したが、補給点はFOBでよいか?送れ」
『トゥースブラッシュ、FOB。補給点についてはその通り』
首を傾げながら地図を見た。足を故障した第二中隊の獅子舞3両を牽引しながら移動している以上、あまり高速での移動はできない。
FOBまでは一時間とは言わないが、それくらい時間が掛かる。
『トゥースブラッシュ指揮官、こちら中央軍司令』
何故わざわざ遠くに、と首の角度が45度に達したとき、不意に通信割り込み。皇国陸軍中央軍の最高指揮官、階級は大将である。
思わずびくりと身体が跳ねたが、中央軍司令はこちらの返答を待たずに告げた。
『貴隊には別任務がある。速やかに戻れ。以上終わり』
「え、」
咄嗟に返せる言葉もなく。
アジサイは電波に乗らない程度に、小さくため息をついた。
所詮、戦時任官とはいえ若くして中尉に昇進しても、絶対的階級社会である軍隊において、上官の命令は絶対だ。
そこに意見具申も質問も、挟む余地はない。たとえその部隊が、3分の1を喪ったばかりだとしても、内容を知らされない次の任務が待ち構えている。
あの砲撃は誰の指示ですか。何故撃ったんですか。誰が安全確認をしたんですか。巻き込まれた味方は、その責任は、貴方が負うんですか。
「……トゥースブラッシュ指揮官了解」
言いたいことは山ほどあるが、言える立場になくて。
アジサイはそう小さく返し、力なく無線機を置いた。
やれやれ、別任務って何だろうね、と無意識に話しかけようとして、隣に顔の青白い青年が座っていないことを思い出す。ハヤブサは別車両で、手当てを受けながら移動中だ。
思いの外ハヤブサという存在は、大きくなっていたのかもしれない。ここ数日、いつも隣にいたから。
「…………。」
無言のまま後ろを見やる。
通信機や幌や、空いたところに無理やり詰め込んだ武器弾薬が積まれていて、後続車両は見えなかった。
自分は一体何をした?
満足な指揮もできず、みすみす3人の命を失わせてしまった。自分の所為だとまでは言わないが、指揮官としての仕事をこなせたかと言われたら、それは否だ。
今だってただ、上からの命令に従順に返事をしただけ。
定数通り、獅子舞9両を1個中隊として、土砂降りの中を全力で走り抜けたのは、つい数時間前。
同じ道を、まるで敵から逃げるように。
3両の中破した獅子舞を牽引し、3両の獅子舞に前後を護衛させて。あとの3両を死地に置き去りのまま、車列はゆっくりとトーキョーを目指した。




