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第二十九話 死神姫とアッラ・マルチャ-12


(ひめ)アリ、ですか……?」

 聞き馴染みのない言葉に、アカツキは思わず聞き返した。

 

 国防省庁舎の地下深くに作られた皇国軍大本営。慌ただしく駆けずり回る司令要員の影が透けて見える、磨りガラスの部屋。

 防音壁で囲われたこの狭い部屋に、彼らの喧騒は聞こえてこない。

 

「この表現は軍事作戦において好ましくないかもしれませんが、簡単にわかりやすく言えば、"中ボス"です」

 目の前に立つ中央軍司令が、硬い表情を崩さぬまま言った。

 

「現在確認されているANTは、市長もご存知の通り、黒アリや白アリ、軍隊アリなど。その上位に、指揮官ポジションと思われる非常に大型のANTがいることが、一部より報告されています。全てを束ねる最高指揮官を女王(じょおう)アリ、下級指揮官を(ひめ)アリと、我々は呼称しています」

 

 言いながら中央軍司令は、あらかじめ用意していた写真の印刷された紙を、アカツキに手渡した。

 隣に座る防衛大臣がちらりと目線を向けて、深く溜息をついた。

「我が国にもか……」

 

 アカツキは手渡された紙を見た。印字された文字を見るに、合衆国の西海岸で撮られた写真のようだ。

 高層ビル群の中に、一際目立つ巨大なアリ。

 解像度は若干低いものの、背中には半透明の(はね)があるように見え、大きさ以外の姿かたちはANTの一種である羽アリに似ていた。

 

「この写真は合衆国空軍の偵察機が捉えたもので、極秘ルートで情報提供のあったものです。大臣には以前お話を」

「ああ」

 目を閉じながら、国防大臣は深く本革のソファに沈み込んだ。

 

「……これが、市内に?」

 先程から自分は疑問系ばかりだと、アカツキは胸の中で嘆息する。初めて聞く事柄ばかりが矢継ぎ早に繰り出され、整理がギリギリ追いつかない。

 

 中央軍司令は紙の地図を取り出し、アカツキと国防大臣の前に広げて指差した。

「ここ、タチカワで、Eブロックの部隊が姫アリと思われる大型個体と接敵しました。現在、中央軍大佐を指揮官とする主力戦車二個中隊、獅子舞五個中隊、歩兵三個中隊、野戦特科一個中隊の混成部隊が交戦中です」

 

 軍隊の編成についてはあまり詳しくないので、羅列されたその部隊が妥当な戦力なのかわからない。後ろに控えていた付き人がそっと近づき、戦車中隊は通常……と、おおよその車両数を耳打ちするが、適当に頷き受け流す。

 

「姫アリは撃退できるのですか」

 トーキョー特別市の市長として、確認したいのはその一点のみだ。

 それに、親として確認したい、味方への誤射(フレンドリーファイア)を喰らった娘の安否も、未だ聞けていない。

 

「無論、国民の期待に応えるため、必ず完遂します」

 中央軍司令が毅然とした声で応えたので、アカツキはふうっと息を吐く。

 

 ――これだから軍人は。できる、やれる、それが使命ですからと平気で言う。

 現実的に可能かどうかを訊いているのに、根性論で返すんじゃないよまったく。

 

 意気軒昂に理想を描くのは自由だが、それを堂々と人前で声高に叫んでいいのは、選挙の時だけだ。実務でも現実感のない政治家は、有権者からも身内からも叩かれ棄てられる。どうやら(そちら)は違うようだが。

 

「それと市長。Cブロック第四陣、トゥースブラッシュ中隊の、市長のお嬢様の件ですが。ご心配をおかけして申し訳ありません、無事にアヤセ市を抜けたようです」

 付け加えるように中央軍司令は告げ、アカツキはようやく、安堵の息を吐いた。

ようやく姫アリに言及できた…!

死神姫なんてタイトルにしたのに姫が全然出てこなくてすんません。

ちなみに言及できただけなので本体が出てくるのはしばらく先です。

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