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第二話 歯ブラシ共のトッカータ-02


 騒々しい声の出どころは、小柄な迷彩服の兵士と、自分と同じ士官制服の女性軍人(W A C)

 姉弟にも見える二人組がギャアギャア騒ぎながら、ほかの兵士の間を縫ってこちらへ歩いてくるのが見えた。

 

 彼女が歩く度に、皇国陸軍の制服、その白ワイシャツの胸元がたゆゆんと揺れる。

 一度しっかり見てしまい、すぐに顔ごとそっぽを向いた。

 

 そのまま俯いていると、二人の足音と話し声が近づいてきて、ハヤブサの前で止まった。声のくぐもり方からして、先ほどの事務官の方を向いているらしい。

 

「中央軍第五十六三軸強襲戦車中隊、指揮官(キーパー)アジサイ少尉以下34名、三軸強襲戦車(獅子舞)9機、到着しました!」

 

 それは明るく溌溂(はつらつ)とした、芯のある声だった。思わず耳と意識が向いてしまうような、聞き取りやすい声。

 

「お待ちしてましたー、新人の副指揮官(キーパー)さんが飛んじゃった部隊の方ですよね」

「あっはい」

「大学生のバイトみたいに?」

「大学生のバイトみたいに」

 

 ハヤブサの目の前で、事務官と女性軍人(W A C)が半笑いで喋っている。

 アルバイトの大学生が()()、という言葉の意味こそわからないが、あまりいい意味ではないことはわかる。もし言葉通りの意味なのだとしたら、その新人は激務や責任感に耐えかねて、高所から──

 

 ぼんやりと思いながら二人の会話を覗き見ていると、会話に混ざっていない迷彩服を着た兵士が、視線を感じたのか、ふとこちらを振り向いた。

 

 目が合う。

 

 じんわりと汗ばんでいるが、整った精悍な顔立ち。きつく結んだ薄い唇。自分と同じように肩の手前まで伸びた黒髪はあちこち跳ねており、それが髪型(ウルフカット)なのかヘルメットでついた癖なのかはわからなかった。

 まるで少年兵と見間違うほどに身長は低いが、肩に縫い付けられた陸士長の階級章が、少年兵ではなく正規軍人であると主張していた。

 

 背丈と服装、階級からして、三軸強襲戦車のドライバーで間違い無いだろう。人を刺しそうな、抉り刈りそうな鋭い眼光が、ハヤブサを射止める。

 

「……なんすか」

 

 小さく整った形の唇から吐き出されたのは、低い声。声変わり後期の大人になりきれていないような声が、ハヤブサの耳に突き刺さった。

 

「……あ、いえ」

 シミュレーションにドライバーの情報やステータスはない。実際に目の当たりにして、少しだけ驚いた。

 

 三軸強襲戦車、通称"獅子舞"。3輌で一個分隊、三個分隊で一個中隊を成す、今戦争における皇国陸軍の切り札的存在。

 一人乗りで、あまりに車内が狭すぎるため、低身長の者しか物理的に乗り込むことができないという、文字通り乗り手を選ぶ戦車だ。たぶんこの少年兵は、獅子舞に乗り込んで敵と戦う、獅子舞ドライバー。

 

「ハヤブサ少尉、お話が!」

 先ほどまで会話を交わしていた事務官と女性指揮官(キーパー)も、いつの間にかこちらを向いていた。

 急に全員の視線を浴びて嫌な気持ちになりながら、ハヤブサは立ち上がる。

 

「てか汗かいてないのすごいっすね少尉、暑くないんすか?……じゃなくて、こちらの第五十六中隊にハヤブサ少尉が入ってもらおっかなって」

 

「「──え」」

 

 ハヤブサと同じタイミングで、獅子舞ドライバーであろう少年兵が口を開いた。

 人事はパズル、冷静かつ機械的に、なんて考えていた。入ってもらおっかなっというノリだとは思わなかった。

 

「アジサイ少尉は中尉に上がってもらって、指揮権のバランス取ります。ハヤブサ少尉は新人ですがスゲェ優秀らしいです。いいですね?」

「えっ、私中尉……?!」

 

 ナイスアイデアですよね決定していいですよね、と事務官の心の声まで聞こえた気がした。

 戦時任官──にしては雑が過ぎる。皇国軍の人手不足の現れかもしれないが、そんな適当人事で大丈夫だろうか。

 

 少年兵が眉を顰めながら見上げてきて、品定めの表情。

「……このヒョロガリホワイトカラーが?」

 大丈夫じゃなかった。

 

 低い声で紡がれたのは、罵声に近い言葉。こら、と女性指揮官(キーパー)、アジサイが嗜める。

 明らかに歓迎されていない。誰だコイツ何だコイツ、という視線がハヤブサの全身を舐め回し、さすがにちょっと暑いな、と感じていた感覚が消し飛んだ。

 

「よければこれで決めちゃって、可能ならもう、出撃をお願いしたいんですが。ヨコハマの方でアリが群れて、フォレストヒル中隊から支援要請が上がっています」

「支援要請?」

 

 アジサイがハヤブサから目を逸らし、事務官の方を向いた。事務官は用意していたタブレット端末をアジサイに見せる。

「ここですね、警戒中の普通科が接敵したので火力支援で向かったところ、想定外の──」

 

 アジサイがタブレットを覗き込んだのと同時に、隣に立っていた少年兵は一瞬、ハヤブサを見た。

 

 ──ナイフだ。

 

 その目を見て、ハヤブサは思った。それも両刃の、全てを刺し、全てを切る、鋭利に煌めく銃剣(バヨネット・ナイフ)

 

 瞳の奥にナイフを隠し持つ少年兵は、キュッと靴音を響かせた途端、予備動作なしでいきなり駆け出して行った。

 

「え」

 

 思わず声が出た。

 

 ウルフカットを上下に揺らし、少しオーバーサイズ気味の戦闘服の裾を翻して、あっという間に人混みの中へ消えていく。

 

「あっ──もう、行くしかないじゃないっ!!」

 アジサイが嘆息しながらも、少年兵の後を追いかけて、一瞬ハヤブサを振り返る。

 

「これからよろしくハヤブサ少尉!実戦だって!私の補佐お願い!!」

 早口で一気にまくし立てた後、アジサイはまた全力疾走していき、ハヤブサはその場にぽつんと残された。

 

 ……置いていかれるのはまずい。

 

 ハヤブサもまた、傷ひとつない幹部用の黒短靴を鳴らして、前進基地(F O B)の床を駆けた。

※※2025/6/28

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