第二十七話 死神姫とアッラ・マルチャ-10
廃墟が並んでいる。
数分前までは、建ち並ぶ住宅はまだ原型をとどめていた。戦闘の余波で半壊した建物はあれど、平和になったらまた戻ってきて、すこし片付けをすれば住めるような家々だった。
今は、どうだ。
「この先、通れません。その手前で右折してください」
道路に散らばる瓦屋根を避け、緩やかなカーブを描く路地を抜けると、基礎から崩れ落ちた住宅が――住宅だったものが、道を完全に塞いでいた。
隣に座る若いドライバーは、ハヤブサの指示通り手前の十字路を右折し、地面に倒れた消火栓の標識をタイヤで弾き飛ばして。
ハヤブサを助手席に乗せた小型トラックは、水飛沫を上げて速度を上げた。
上空を飛ぶ偵察ドローンと偵察衛星のリアルタイム映像を地図と見比べながら、ハヤブサは眉間に皺を寄せる。
一応道と呼べるものに沿って走っているが、いっそ破壊し尽くされた家や店舗だったものを踏み越えて行った方が早いかも知れない。
地図上にはぽつりぽつりと赤い凸マークが出現してきていて、南側から近づきつつある赤凸の数は増えつつある。
あまり、時間はない。
『ハヤブサ君、見えてると思うけど南からアリが来てる!距離4300!』
無線からアジサイの声。当然自分には見えているが、後続の第一分隊への注意喚起を兼ねての発言だろう。急ぎ焦っている時こそ視野は狭くなりがちなものだ。
『さっき第二分隊のみんなが帰ってきたけど、3両ともギリギリ自走はできるって感じで、機動戦は無理!中隊戦力は第一分隊だけだからね!』
「了解」
ここで第一分隊に損耗を出す訳にはいかないということだ。低く答えながら、フロントガラスの向こうに視線を向けた刹那。
視界が白く染まるほどの光が一瞬、瞬いた。
遅れて、離れたところから車体を揺らすほどの爆音。
農業用ビニールハウスと引越業者のロゴマークが描かれたトラックが、炎上しながら同時に宙に舞うのを、視界の端に捉えた。
『なんだおい!軍隊アリか?!』
タイヨウの声が無線に乗る。その声は明らかに焦っていて、隣に座るドライバーの吐く息が震えている音がした。
『まずいわね……!』
ミドリの声に重なるように、再び爆音。雷にも似た閃光と轟音が街を襲い、人間の手によって半壊させられた家々が、アリの攻撃で全壊へと粉砕されていく。
「こちら副指揮官、軍隊アリの攻撃を確認。対処せずに第三分隊の救出を優先する」
即座に判断。第三分隊が突っ込んだドラッグストアはすぐそこだ。リスクを冒して迎撃しに行くより、用事を終わらせた方が早く安全。
ハヤブサはアジサイに状況報告しながら地図に目を落とし、敵の予想位置と退路を再確認する。
かくして軍隊アリが、秒速3000メートルのプラズマ化した砲弾を撃ち込み始めてから1分。
街の至る所で爆炎が上がる中、ハヤブサ達は半壊したドラッグストアへ、無傷で到着することができた。
空に突き立つ看板は無惨に焼け焦げ、屋根は一部が崩れ、前面のガラスは全て店内側へと吹き飛ばされていて。
横転した獅子舞が、商品棚に埋もれるように転がっているのが、店外から伺えた。
『1/1目標地点へ到着、外へ出る!』
あちこち抉れたドラッグストアの駐車場に着くや否やタイヨウが叫んだので、ハヤブサは再度、ドローンと衛星のリアルタイム映像を確認。
間違いなく、今は安全であることを確認してから、自らも小型トラックを降りた。
降りしきる雨が一瞬でハヤブサの上衣を濡らし、乾きかけた血を洗い流す。大粒の雫が頭に当たって少し痛かった。ヘルメットを被ってくればよかった。
第一分隊全員が獅子舞から這い出て、店内へダッシュしていく。一瞬、ミドリの泣きぼくろがこちらを見た。急げ、早く来いとその瞳が告げている。
ハヤブサは念の為、手にしていたタブレット覗き込んで、一番近い敵の位置と退避経路を頭に刻み込んでから、タブレットを助手席に置いてドアを閉めた。
――自分、少尉のことは信じてるんっす。あたしの分隊、少尉の思うように好きに動かして大丈夫っすから!その分きっちり働くっす!
作戦開始の直前。ノゾミの言葉が脳裏にこだました。
果たして自分は、ノゾミのことを信じられていただろうか。
突然の味方からの砲撃から、彼女達は逃げ切り生き延びられると。自分の命令に従って、迷いなく動いてくれると。
彼女の信頼には、応えられていただろうか。
雨水滲みる頭の傷を手で軽く押さえながら、ハヤブサも店内に入った。床に散らばった大量の歯ブラシと歯磨き粉を踏み越えて、電気が供給されなくなって久しい暗い店の奥へ。
暗いのは、明かりがないだけが理由ではなかった。うっすらと焦げた匂いがして、煙が揺蕩っているのが見える。
先に突入していたミドリが、倒れた商品棚をよじ登り、刈り上げた茶髪を揺らして、店の奥からハヤブサの方へ歩み寄ってきた。
雨天とはいえ店の外の方が明るく、故にミドリの表情は、くっきりと鮮明に見えた。
「…………収容袋をふたつ」
泣きぼくろは、泣いていなかった。
長いまつ毛が、ツンと上を向いている。
睨むわけでもなく。真正面に立つハヤブサをまっすぐに見据えて、ミドリは雨に消え入りそうな小さな声で、しかしはっきりとそう告げた。




