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第二十六話 死神姫とアッラ・マルチャ-09


「大丈夫やったが?!」

 獅子舞後部ハッチから這い出て、顔面に降り注ぐ滝のような雨は無視。転びそうになりながら立ち上がったアラセは、ぬかるむグラウンドから声を張り上げた。

 

 その声を聞いて、アジサイが弾かれたように立ち上がり、大きく右腕を挙げた。

「アラセちゃん!!そっちこそ怪我ない?!」

「問題無ェ!」

 

 ぐちゅぐちゅと耳障りな音を立てながらグラウンドを横切り、小学校の校舎へと入った。

 雨音もあるが、静粛性を主眼に開発されたバッテリー駆動の獅子舞は走行音がとても小さい。なんとか小学校に辿り着いたのに、誰にも気付いてもらえなかった。

 

 小学校の玄関は、粉々に砕けたガラスが散乱している。今度はガラスを踏み砕く音を響かせながら、アラセは床に散らばる血痕を見咎めた。

「誰がやられた?」

「ハヤブサ君が。頭からすごい血が出て、色白通り越して青い顔してたよ」

 

「……アイツが?」

 

 あのミスターアンドロイドマシンクソ野郎は、この戦線の一番後方。目の前に立つアジサイと同じ、作戦指揮所にいたはずだ。

 何故怪我など、と雨の降りしきるグラウンドを振り返って。自分が停めた獅子舞の隣に、荷台の幌を滅茶苦茶に切り裂かれた軍用トラック(三トン半)がいることに気付いた。

 

 焦げた通信用アンテナが風になびいていて、普段アジサイとハヤブサが乗っている車両だと一目で分かった。

「……う、え、アレに直撃?」

 アラセの隣で、ダイチの口から言葉が漏れ出た。ヒテンは目を見開いて絶句している。

 

 獅子舞の駆動系と搭乗者(オレたち)に酷い無茶をさせて、高速道路に飛び降りさせるなんて、やっぱどうかしてる。そう、あの場では怒りに震えたものだが。

 

 降ってきた弾、当たるとこうなるのか……


「違うよ。直撃したんじゃなくて、空中炸裂した破片のひとつが当たっただけ。直撃だったら、私も普通に死んでる」

 

 トラックを睨みながら、淡々とアジサイは言った。それを聞いて、隣に立つヒテンが震える。

 それが自分の頭上にも降り注いでいたかと思うとぞっとする。

 獅子舞は戦車の区分であり、当然砲弾の破片程度は弾く装甲を持つが、距離や当たりどころによっては無傷では済まない。

 大ジャンプの衝撃と引き換えに、間一髪、跨道橋の下に潜り込めたのは奇跡だったようだ。実感が少しずつ湧いてきて、アラセもまたぶるりと震えた。

 

「でもほんと、間に合ってよかったぁ!みんな本当に怪我ない?」

 アジサイに言われて、一度身体をぐるりと見渡した。手足はくっついているし、首も回る。ジャンプの衝撃で車内にあちこちぶつけたため、腕や足には痣が出来ているだろうが。

 そう思うと、なんだか尻寄りの太ももあたりが痛くなってきた気がする。

 

「すみません、左足とケツが……」

 ダイチがおずおずと手を挙げ、アジサイはすぐに衛生要員を呼んだ。ガラスを踏み越えて走ってきた彼女の腕は、どす黒い血に染まっている。

 

 ハヤブサの手当てをした時についたものだろう。

 

「……中隊長、これからどうすんだ?」

 無意識に血痕と衛生要員から視線を逸らし、アラセは尻をさすりながらアジサイに問うた。

 

「今は落ち着いてるけど、またアリが湧いてきちまうし。ノゾミ達はまだ場所わかんねえのか?」

 アジサイが全体発信で第三分隊へ呼びかけ続けたため、ノゾミ以下3名が安否不明であることはアラセも当然知っている。今ここにいない第一分隊が捜索に出たことも容易に想像がついた。

 

「そろそろ着く頃だと思うけど、まだハヤブサ君からは報告ないんだよね。呼びかけてみよっか」

 アジサイがさらりと言うので、ダイチとヒテンはまた目を剥いた。

 

「少尉も行ってるんですか?!」

「怪我してるのに?!」

 

 床に広がる血の量からして、ちょっとした切り傷ではないことは、医療の知識などないアラセにも容易に想像がつく。

 

 もしここが学校なら、即保健室からの救急車コースだ。体育の授業中に鼻血を出したクラスメイトが、看護教諭に付き添われて体育館を後にしていく姿を見たことがある。


 そんな大出血負傷者を、行方不明者の捜索任務とはいえ、再度前線に送ったのか。

 

 流石に驚きを隠せないアラセに、アジサイは小さく笑って、両手を目の前でぱっと広げた。

 左手の指には絆創膏が貼られており、手首は不用意に動かないよう、サポーターと包帯で完全に固定されていた。

 

 3人は、砲弾炸裂の一瞬前に、アジサイがハヤブサに無理やり押し倒されたこと。その際に左肩から左手首を損傷したことを知らない。

 

 ダイチとヒテンが、口を開けて固まる。ばたばたっと雨が装甲に当たる音が響き、風が割れたガラスの隙間から吹き込んでアラセの髪を揺らした。

 気づけば自分も、薄く口を開けて硬直していることに気づいた。

 

 もう、滅茶苦茶じゃんか。

 

 なんで笑っていられるんだ。痛いはずだし、怖いはずなのに。

 

 そっちも怪我しちょるやないか、と口に出そうとした瞬間、アジサイの方が先に口を開いた。

 

指揮官(キーパー)だからね、私たちは」

 その覚悟の決まった顔を見て、アラセは無意識に、さすっていた尻から手を離した。

 痛くなってきた気がするとか、言ってる場合じゃねえ。

次話、文字数長くなりそう…とて途中で分けるのもなあ、と難しい感じ。

第三分隊ノゾミ達の運命やいかに。

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