第二十四話 死神姫とアッラ・マルチャ-07
アヤセ市は何度か通ったことがある。生まれも育ちもヨコハマだから、トーキョーや近隣市へは当然足を伸ばした経験がある。作戦予定地だったエビナのサービスエリアだってそうだ。
だが、あちこちの建物は崩れ、火を吹いているこんな街なんて、見た記憶はない。
何度か通ったことのある高速道路に、こんな着地をしたこともなかった。
「痛ぇ……」
足を捻った。
車内のわずかな空間に、仰向けで寝そべるように自分の身体を捩じ込んで搭乗する三軸強襲戦車、通称獅子舞。
余分なスペースがなさすぎて、外から衝撃を食らうとダイレクトに車内の角という角に激突する。
幸い、車両自体は堅牢で、さすが急造品とはいえ戦車の名を冠する車体だ。およそ5メートルはあろう、高速道路の上に架かる一般道である跨道橋から飛び降り、高速道路に叩きつけられてもなお、サスペンションが破損しタイヤがバーストしたに過ぎなかった。
たぶんサスペンションアームも折れている気がするが、一応、走れはする。
「無茶なこと言うなあ、ハヤブサ少尉は」
『大丈夫かあっ!!』
無線からアラセの声。普段よりも声のトーンが高い。こんな女子みたいな声出るんだ、と思った。言わないが。
「2/2、ダイチ無事です」
車両は辛うじて自走可能。だが、身体はあまり無事ではないかもしれない、捻った左足首がじんじんと痛む。首と尾骶骨も痛い。しかし首を代償に、頭をしたたかに打ちつけるのだけは避けられた。
『2/3、マ、、死ぬかと思っ、、お!』
泣き言を漏らすヒテンの獅子舞の無線通信システムは、どこか損傷しているらしかった。途切れ途切れになる応答に対し、アラセの檄が飛んだ。
『無事かどうか聞いてんだッ!動けるのかヒテン?!』
『、、けます、、俺と戦車は頑丈、、で!』
ヒテンもアラセも、まだ十代だ。ヒテンはもうすぐ二十歳になると言っていたが。車に乗ったまま5メートルのフリーフォールの直後、至近で空中炸裂した砲撃の爆風を喰らって。
これが若さか、ピンピンしているようだ。
「ヒテン、感悪いわ」
『ダイチさ、、ちは普通に、、す、、』
なにが普通かわからないが、反応を見る限り、聞こえてはいるようだ。それならばひとまず大きな問題は無いか。
ハヤブサ達の指示を聞き逃すことがなければ。
『2/1、こちら副指揮官。アラセ陸士長、第二分隊の損害を報告してください。送れ』
タイミングよく、ハヤブサの静かな問いかけが聞こえてきた。ハヤブサが無事なら、指揮所としていたあたりも、少なくとも砲弾の直撃はしていないのだろう。
『損害ナシ!ハヤブサてめえ、さっきの何だ!またオレ達にダマで撃ちやがったんか?!』
歳上で上官の少尉殿に向ける言葉遣いじゃないだろ、とダイチは胸の中でツッコミを入れる。
アラセのほうが階級的には上だが、年齢とそれに比例する人生経験、社会人経験はダイチのほうが上だ。さすがにどこかできちんと教育してあげないといけないな。
『こちらにも知らされていない、大本営が指示した砲撃のようです。状況整理と立て直しのため、一度集合をお願いします』
ハヤブサのさらさらと読み上げるような声にも、さすがに違和感だ。アラセは激情すぎるが、ハヤブサも冷静すぎる。まるで、空調の効いた安全圏で猫でも撫でながら指示を出しているかのごとく涼しいものである。
指示に従って、指揮所として活用することとした小学校へ戻って。それが、自分の思い違いだったことを知るまで、あと5分。
⬛︎⬛︎⬛︎
もとはナゴヤの方で病院の看護師をしていたという衛生要員が、「でもあたし腎臓内科だったんで、頭の怪我ってのはあんまり」と言いながらぎこちなく巻いてくれた包帯は、締め付けがかなりきつい。
裂傷の痛みか包帯の痛みかわからなかったが、とりあえず止血はできているんだろう、と無理矢理納得させて。
ハヤブサは、荷台部分が大破した軍用トラックを眺めていた。
つい数分前まで、自分はそれに乗っていた。
小学校のすぐ近くで爆発した曳火砲撃、空中で炸裂し破片を広範囲に撒き散らす榴弾は、小学校の窓という窓を叩き割り、飛び散った弾殻の一部がトラックの荷台と、ハヤブサの側頭部を掠めた。
本当に、掠めた、というレベルの接触だったのは幸いだった。あと1センチでも頭を上げていたら、自分の脳髄は今頃グラウンドに飛び散って雨に打たれている。
さすがに、びっくりした。
静かに、規則正しく脈打つ胸に手を当てて、ハヤブサはそっと息を吐き出した。冷たい指先が湿っているのは、血か雨か、それとも汗か。
びっくりした、と思う。
心臓は、そうでもないみたいだけど。
ほかに負傷者はいない。ハヤブサが身を挺したお陰で、指揮官で中隊長のアジサイは無事。校舎に逃げ込んだメンバーも、玄関を駆け抜けた先の廊下で床に伏せていたため、全員が無事だ。
補給に戻った校舎に隠れた第一分隊の3人と、命からがら高速道路へ飛び降りることに成功した第二分隊も3人とも健在なのを、司令要員全員で確認できている。
しかし――
くらりとする意識を、眼球をかっ開いて繋ぎ止めた。
頭は血管が集中しているため、少しの傷だとしても思ったより血が流れるものだ。陸軍支給の白いワイシャツの肩口が、血と雨で黒く汚れ、自らの白い皮膚に張り付いている。
蒸し暑い気温に晒されて立ち昇る血の匂いは、ハヤブサの鼻腔から脳にまで至り、若干の吐き気すら催させる。
流血と匂いと痛みで、少しでも目を長く閉じれば意識が飛びそうだった。当たった直後よりはマシになってきたが、果たして今、冷静な判断ができるかどうか。
当たったのが、自分でよかった。
同じ車内にいたアジサイや、グラウンドにいた全員の退避を誘導していたタイヨウ、他の人間に破片が当たっていたら。
指揮能力や戦闘能力、補給、整備に支障が出ては、キルゾーンと化したこの街から脱出するのは厳しくなるかもしれない。
リノリウムの床に片膝を立てたまま、ハヤブサは手元のタブレットに目を落とす。第二分隊が比較的ゆっくりと、自分達のいる小学校へ向かってきているのがわかった。
足回りを損傷した車両がいるのだろう。砲撃から身を守る緊急避難とはいえ、かなり無茶をさせてしまった。獅子舞にも、搭乗員にも。
あとで謝らないと、と思っていると、隣に座っていたアジサイが右手で無線機の受話器を置き、泣きそうな声で言った。
「駄目だハヤブサ君、ノゾミ達が応答しない!!」




