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第二十一話 死神姫とアッラ・マルチャ-04


 現状を一言で表すと、「妙」だ。


 目の前に限って言えば、軍隊アリの出現と敵の大集団の出現。

 トーキョー絶対防衛戦全体というかなり広い視点に立てば、比較的攻略が容易と見られていたEブロック――先程からちょくちょく見ている、トーキョー市のコクブンジやタチカワに展開している部隊の動きがあまりに遅い。

 

 少しずつ、綻びが見えてきている。無視できないほどに。

「トゥースブラッシュ各車、陣形を立て直す!全車後退急げ!あ、うそ、第一分隊は補給終わったら前進!」

 

 無線機に向かってがなり立てる。視界の端で、雨に打たれながら弾薬補充に勤しんでいたタイヨウが、片手を大きく掲げたのが見えた。

3/1(スリーワン)指揮官(キーパー)!どこに後退したらいいっすか?!』

「第三分隊はフカヤ通りまで出てください、そこから東へ130メートル」

 

 隣のハヤブサは冷静に、目まぐるしく地図・偵察ドローン映像・軍事偵察映像を交互に見ながら指示を出していた。

 まるでサブリミナル映像だ。入手できるデータ全てを瞬時に表示させ、拡大と縮小を等間隔で行いながら、目に映った情報から安全最短のルートを、一秒にも満たない速さで判断し指定している。

 その瞼はぴくりとも動かず、蒸し暑い車内で部隊は危機的状況という中、額に汗ひとつかいていない。

 

 (こわ)

 

 刹那、思う。

 白く細い指は、タブレットを操作するために滑らかかつ高速で動いていて、眼球は忙しなく、タブレットを舐めるように動き回っていて。それでいて他の箇所は、肩も胸も、まるで呼吸をしていないかのように微動だにしない。

 

「第一分隊は全車のバッテリー交換が完了するまで待機で構いません。第二分隊は速度を上げられますか、遅滞戦術は不要です」

 

 薄紅色の唇からは、AIが合成音声を吐くように。その声は無線の電波に乗る。

 自分には真似できない、と思った。ハヤブサと違い、自分は幹部候補生学校の主席卒業ではない。なりゆきで中尉へ召し上げられただけの――もしかしたらそこに、人間的打算の含まれる戦時任官で、階級を上げられただけの人間だ。

 

 それでも。

 他者と自分を比較してどうのこうのと感傷に浸る時間など、一秒たりとも無い。

 ざっと地図を見渡した。この「妙」な、不意に訪れた危機の元凶は何だ。どこでなにが起こった?

 

 その答えは、案外早く見つかった。

 白色の凸マーク、味方を示すブリップが瞬く間に消滅していく場所があった。

 自隊から直線距離で5キロ。アツギ航空基地の少し南で、2個分隊規模の白凸が消えた。

 

「スカーレット中隊、こちらトゥースブラッシュ中隊、アジサイ中尉!」

 そこを守っているはずの、同じCブロックの部隊へ呼び掛けた。ハヤブサがちらりとアジサイを見る。

『こちらスカーレット、()()()()よ!最悪ッ、工場内にアリが溜まってる!』

 スカーレット中隊の指揮官(キーパー)とおぼしき声が返ってきた。

 

 いかに優秀な衛星もドローンも、建物の内部までは見渡せない。アジサイは脳内にインプットしていた情報から、トラック組立工場の位置を弾き出して合点がいった。

 

 雨を避けるために、巨大な工場の中に隠れていたか――!

「スカーレット中隊、今すぐ後退を!」

 

 祈るように叫んだが、返事はなかった。地図上で、白色の凸マークがみるみる包囲されていく。ひとつ、ふたつとマークが無惨に消えていく。

 そのマークひとつひとつに命があり、そこには数十年と生きた歴史が、記憶が、それぞれの人生があった筈なのに。

 

「――スカーレット隊、全滅」

 

 隣でハヤブサが小さく呟いた。

 思わず真横に座る純白の陶器を見た。きっと酷い顔をしていると、すぐに思い直した。眼球が飛び出しそうな程、目を剥くという表現がごとく、ハヤブサを睨んでいる自覚があったから。

 アジサイの鬼の形相で凄まれても、ハヤブサは動じず。

 

「敵集中地帯と、(ワレ)の退路確保のため、特科(とっか)に火力支援を要請します。一時撤退となりますが、よろしいですか?アジサイ中尉」

 淡々と告げられ、アジサイはふっと肩の力を抜いた。

「……うん、いいよ」

 

 駄目だ。

 この男は戦闘指揮になにもかもが特化している。

 人間らしさとかいう、戦場にきっと一番必要のない感情や精神のすべてを、遠いサッポロの地に置いてきたのだ。

「359093、3918980、リコメンドファイア」

 まるで最初から分かっていたようにUTM座標を読み上げる男を前に、アジサイは自分の無力さに絶望し、ハヤブサの判断の速さに戦慄した。

 

 何故。何故ついていけない。逆にどうして、ハヤブサ君はこの状況についていけるの?

 バクンバクンと跳ねる心臓と、正反対に冷え切っていく指先の感触の違和感。

 奥歯がガチリと音を立てて震えた瞬間、

 

『そこ()()火力集中している。トゥースブラッシュ中隊、アヤセ市全域より至急退避されたし。着弾まで(Tマイナス)20』

 

 大本営。自分の父親、トーキョー特別市市長も詰めている筈の統合指揮所から、あまりに唐突で、無慈悲な返答があった。

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