第十九話 死神姫とアッラ・マルチャ-02
戦争前は慢性的な渋滞に悩まされ、絶賛拡張工事中だったという区間は、すべて中途半端なまま放棄されていた。
固定されていなかった資材の散らばる高速道路を抜けると、一部意図的に擁壁が破壊された箇所が見えてきた。
赤くリズミカルに光る誘導棒を手にした兵士が数名、こっちだと言わんばかりに棒を振り回している。
「高速降りるよ、各車減速!」
アジサイの指示が飛び、車列はゆっくりと擁壁に真四角に開けられた穴を抜け、誘導に従ってぬかるむ坂を少し下って、隣接する住宅街へと一列で進入していった。
どこかから腹にくる砲撃音が聞こえてくる。
「予定通り、南下して小学校の敷地に入ります」
地図を表示させながら、ハヤブサは言う。このまま住宅街をまっすぐ南へ進み、小学校のグラウンドで一度態勢を整える算段だ。
ちらり、と窓の外を見た。
車の真横に建つ、おそらく2階建てだったであろう住宅の半分が消し飛んでいて、濡れた断熱材や家財が、外壁へ無惨にへばりついていた。
方角的に、進軍してきた陸軍の戦車砲が、軌道がそれて直撃してしまったのだろう。
街を破壊するのは、敵だけではない。
『予想は、してたけどな……』
重々しく、タイヨウの声。人通りの途絶えた住宅街に、そう遠くない距離から響く銃撃と砲撃、爆発の音がこだまする。
「第2陣はだいたいアツギ基地を抑えたみたい。ここから前線まで二キロないよ!」
手元の地図を拡大したり縮小したり。全体の把握に努めるアジサイが注意を促した。瞬間、
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!
すぐ近くで耳障りな連続音。
音の方向を見やれば、開けた駐車場に展開した自走高射機関砲部隊が、上空の羽アリに35ミリ弾を浴びせているところだった。マズルフラッシュが雨粒に反射し、周りがパッと明るくなる。
もうここは最前線だ、とハヤブサは思う。
街は破壊され、道には穴が空き、高射砲が睨むのはすぐ真上の空。どんよりと覆い被さる黒い雲の隙間から、羽をもがれたアリが真っ逆さまに落ちてきて、住宅街のどこかに落ちた。
『あ……』
誰が呟いたかわからない声が、無線に乗った。ハヤブサはそれが誰の声かも、住宅街にもわりと上った土煙も、意図的に無視する。
周りのひとつひとつの事象に気を向けてはいられない。自分のやるべきことを成すためには。
車列はそのまま、穴の空いたアスファルトを水飛沫をあげて突き進み、予定通り私立小学校の敷地へと辿り着いた。
現在地を大本営に報告し、全員が降車して小走りで校舎の中へ雪崩れ込んだ。雨は冗談ではない本降りになってきている。
員数点検、現在地と敵味方の位置関係を素早く全員で共有。このあたりは、アジサイの手際の良さと、常任軍籍であるタイヨウ・ミドリのコンビの手腕が鮮やかだ。
「よし、じゃあ取り掛かるよ!このグラウンドを指揮所とし、私が全体の指揮、ハヤブサ少尉が細かい部分の調整。各分隊長は状況に応じて判断すること。無理したり焦ったりしちゃいけないけど、私たちの動きは後からくる第5陣にも影響するから、冷静かつ的確に敵を排除し、作戦を遂行する。いいね!?」
「了解!!」
怒号に近い応答が、鼓膜を揺らした。
士気は高い。過度な恐れや行き過ぎた緊張感がない。他の部隊の動きもスムーズだ。
ハヤブサは、ふっと短く腹から息を吐き出した。問題ない、大丈夫。
「分かれ!」
アジサイの号令に、全員が一斉に敬礼。バラバラと散って、獅子舞ドライバーは自分の戦車に、補給整備の担当者は持ち場のトラックと向かっていく。
「少尉、細かい部分の調整だぞ。細かすぎんのは勘弁ですぜ」
言いながら、タイヨウが勢いよくハヤブサの尻を叩いた。疼痛に少し驚き、ウッと呻き声が出た。
「りょ、うかいです」
「少尉の指示は正確で、周りもよく見えてる。そこに関し不満は無い。言い方とか伝え方とかをもうちょっと学習すれば、いい指揮官になる」
微笑みながら、タイヨウは再度バシバシとハヤブサの尻を叩いた。分厚く浅黒い筋肉から繰り出される張り手の衝撃が、ハヤブサの薄い尻に刻みつく。
「てか細過ぎね?メシ食べてる?」
「陸曹長、ハヤブサ少尉いじめちゃダメっすよ」
ノゾミがやってきて、ハヤブサとタイヨウの間に割って入った。
その声を聞いて、先ほど羽アリが住宅街に落ちて土煙が上がった時を思い出した。
あの短い悲鳴にも似た声は、ノゾミだったのか。
「自分、少尉のことは信じてるんっす」
信じてるんっす。ノゾミが硬い表情で、俯き加減に言った言葉が、ぐわんぐわんと一瞬、ハヤブサの脳内に響き渡った。
「ツルミのとき、あっという間に敵がいなくなって、ちょっとびっくりしたけど、少尉すげ!って思ったっす。あたしの分隊、少尉の思うように好きに動かして大丈夫っすから!その分きっちり働くっす!」
そう言って、お団子頭が揺れた。手にしたヘルメット一体型HMDが、動きに合わせてガチャガチャと音を立てる。
「いや、第三分隊はノゾミが動かすべきだろ」
「あたしが指揮するよりは少尉の方が正確っすからね」
「そりゃそーだ」
「あぁいや、認められるのは若干傷つくっす!」
なんでやねんのポーズをするノゾミを見て、タイヨウはがっはっはと笑った。
――こういうときは、笑うべきだ。
口角をうまいこと吊り上げて、ノゾミとタイヨウに小さく「ありがとうございます」と声を掛けた。
タイヨウが緊張を和ませようとしてくれていることくらいは、ハヤブサにも理解ができた。
ノゾミが恐怖しながらも、自らの役目を果たそうとしていることは、ハヤブサにも伝わった。
自分がふたりに。否、トゥースブラッシュ中隊の皆にできることを、その思いを受け止めて全力でやらなければ。
ハヤブサは指揮用のトラックへと踵を返して、
雨に打たれながら腕を組んで仁王立ちしているアラセと、目が合った。
力を込めていた頬の緊張が一瞬で解ける。風に煽られた雨粒が、機関砲弾を軽く弾く戦車達の装甲に打ちつけて、大きな音を立てた。
「……少尉。この前、言った通りだ」
低い声で、アラセが言った。少し距離があり、彼女自身に打ちつける雨音もあって、声が聞き取りにくい。
「死ぬつもりは無ェけど、チンタラやるつもりも無ェ。オレはオレの判断で敵をブッ潰す」




