第一九四話 死線のヴァルス-06
これはちょっと予想外。
目の前に広がる光景を見て、ハヤブサは口を閉じた。
見えているだけで、ざっと280体ほど。
メインは黒アリだが、後方に軍隊アリを従える大部隊。
なるほど、鉄砲隊をバックに雑兵と槍兵を前に出した格好か。
ここがセキガハラと知っている……?
「迫撃砲部隊は同じ位置に突撃阻止射撃を継続。獅子舞部隊、速やかに補給を。第三次攻撃部隊、予定を早め前線へ。負傷者の後送急げ」
言いながら、ハヤブサはタブレットを素早く叩いた。
数分前に撮られた人工衛星の画像に、これほどの敵の姿は映っていない。
「どっから湧いてきやがった?!」
タイヨウが頭を抱えた。
遠い宇宙から飛来してきた異星体、ANT。彼らに知恵も思考もなく、ただ歩き回っては目の前のものを壊し、灰燼と帰すだけの生物。
それがここ最近、"戦術"と呼べるような攻撃手段を取るようになってきた。
「……誰かが指揮を執っていますね。ここに集合するよう指示を出している誰かが」
それしか考えられない。
非常に厄介だが、それはそれで――戦い方が変わるだけだ。
「彼らの目と通信手段を破壊、後方の遠距離攻撃を先に潰し、正面の黒アリを削れば勝機はあります」
「そりゃそうだけどよ……」
タイヨウが太ももを擦り合わせながら唸る。
足を組みたかったのだろう。膝から下がないからうまく組むことができず、額のシワが一層深くなるのが見えた。
シワを増やしたのはハヤブサも同じだった。自分が放った言葉は、本当は使いたくない一手だったから。
「まずは現状の戦線維持、一旦膠着させながら準備を整えます」
ため息混じりにそう言って、ハヤブサは無線機を手に取った。
相手は、上官。
北方軍北鎮師団長代行、アスカ上級大尉。
⬛︎⬛︎⬛︎
ボロボロの獅子舞が横一列になって砲撃しているのを、ミドリは黙って見つめていた。
ここに主力戦車はいない。
前線を固めるのは、試作の偵察車両として製造された車両に、むりやり戦車砲をマウントしただけの戦時急造戦車。
しかも最近作られた車体は、複合装甲ではなく鋳造装甲らしい。
「ミドリ一等陸曹、獅子舞の弾薬補給、完了しました!」
甲高い声が聞こえて、ミドリは振り返った。
表情にまだ幼さの残る少年が、綺麗に敬礼しながら立っている。その顎にはオイルの汚れがついていた。
「ええ、ありがとう」
微笑みながらそう返せば、少年はほわほわと頬を赤らめながら、元気よく走り去っていった。
――主力は急造兵器、物資不足に少年兵。
ミドリは拳を強く握りしめた。爪の先が食い込む。
私たち大人が不甲斐なさすぎたから、子供たちが戦っている……。
このセキガハラを抜ければ、皇国の西半分に進出することになる。
多大な犠牲を払って、それでも民間人の大半を守れず、軍人も多数が戦死したオオサカは、目と鼻の先だ。
もしあのとき、もっとうまく戦えていたら。
ミドリは獅子舞のハッチに足を突っ込んだ。
そのまま仰向けに寝そべるようにして乗り込み、エンジンを始動させる。
『一気に敵陣を抜け、後方を叩きます』
獅子舞の外部カメラ映像がヘルメットに投影されたのと、ハヤブサの冷たい声が聞こえたのは同時だった。
『ここからが正念場です』
「了解」
短く告げてあたりを見回せば、高校生くらいの年頃の男女がまだ走り回っていた。
彼らを守らないと。
ミドリは奥歯を強く噛み締める。どんなに強く願っても、願うだけではなにも変わらない。
「絶対にここを突破して、終わらせるわよ」
低く言った。皆への鼓舞であり、自分への決意として。
『大丈夫だよ姐さん』
最年少のアラセが言った。
『勝つから』
「……そうね」
自分ができることは、アラセやハヤブサや、未来ある若者を守ること。その為に――
「1-2、戦闘準備完了。いつでも行けるわよ」
赤一面に染まる地図を見据えて、ミドリは武者震いしながら告げた。
『了解。既に砲撃は開始しています、着弾まで2分』
2分後には敵のただ中に突撃。敵陣の真裏まで進出し、後ろから敵を叩く。
『以前も使用した、敵の妨害電波を無効化する兵器も投入します。こちらの到着は30分』
……使えるものはなんでも使う気ね。
ミドリがハンドルを強く握り込んだ刹那、猛烈な爆音と衝撃が車体を揺らした。
「――ッ?!」
思わず身をすくめ、ハンドルから手を離した。
内臓を震わせる轟音と共に、地面の底から振動が伝わる。
その爆発音は、後方から。
慌てて振り向いて、目を剥いた。
さっきまで少年少女たちが、砲弾を担いで駆け回っていた場所が、更地になっていた。
土は抉れ、高熱に曝された軍用トラックは赤く濁った色に変色。
あちこちに散らばった空薬莢や弾薬ケースが、あとから追いかけてきた衝撃波に飛ばされて、誰もいなくなった乾いた地面を転がるのが見えた。
「プラズマ弾……!」
押し寄せてくる敵大部隊の奥に控える、軍隊アリ。
軽自動車から冷蔵庫、郵便ポストまで、手頃なサイズの物体を光速に近い速度で撃ち出してくる――最大の脅威。
「う、そ、でしょ――」
低く唸るように声を漏らした。
視線の先で、血のついた戦闘服の切れ端が、バイバイと手を振るように揺れながら飛んでいった。
『全車、移動開始。あの軍隊アリの群れを早急に潰します……!』
無線に乗ったハヤブサの声は、珍しく少し、震えていた。




