第一話 歯ブラシ共のトッカータ-01
おれはだいじょうぶじゃき、しんぱいしないで。
己の口から出た言葉があまりにも白々しくて、自分が嫌になる。
災害時伝言ダイヤルという、もとは地震や豪雨といった自然災害時の音声伝言板。
そろそろ"戦争時"伝言ダイヤルに改名すりゃいいのに、とどうでもいい事を思いながら吹き込んだ言葉。
両親がそれを聞いてくれるかはわからない。まだ生きていれば、もしかしたら聞いてくれるかも。
そんな、一縷の希望を託した後。アスファルトの繋ぎ目に車体を微かに揺らしながら、自らの駆る獅子舞はトーキョーを目指した。
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「凍咏ハヤブサ少尉、北方軍幹部候補生学校卒……二十歳、訓練期間2ヶ月?すごいっすねえ……」
7月下旬の帝都・トーキョー特別市は、朝とはいえひどく蒸し暑かった。
空調は切られ、扇風機だけが温風に近いぬるい風をかきまわす前進基地の一室で、額の汗を拭いながら。
事務官は、汗のテカリひとつない無地の画布のような顔を見上げた。
綺麗にプレスされた紫紺のズボンに、真っ白な半袖のワイシャツ。すらりと伸びる腕は軍人には見えないほどに細く、ワイシャツと同じくらいに白い。
瞳をやんわりと隠す漆黒の髪から覗く整った顔もまた、日焼けをしていない雪のような肌。つんと尖った鼻が前髪をかき分けて主張し、それすらも不気味なほどに純白で。
「少尉、せっかくサッポロから来てもらって悪いんですけど」
事務官はその白磁の肌に少し呆気に取られながら、言葉を続けた。
「貴官に指揮してもらう予定だった部隊──2日前にサガミ湖あたりの撤退戦で全滅しました」
全滅しました。
あまりに軽く放たれた言葉に、ハヤブサは一瞬、理解が追いつかなかった。
「……全滅、ですか」
「そう。誰も生き残らなかったみたいです。まあ、地雷原の設置には成功したんですが……まあ正直、指揮官は割と足りてるんですよね。死ぬのはだいたい前線ですから。次の配属先は一応アテあるんで、少尉は一旦、そこの椅子に掛けて待っててもらえます?」
そう言って、事務官はまた書類に目を落とした。いま忙しいんで、と無言で語りながら。
「……はい」
ハヤブサは小さく返事をして、近くの椅子に腰掛けた。
──シミュレーションでは、誰も死なせなかったのにな。
最高を通り越して究極難易度、やれば絶対に負けるシナリオ。絶望を味わってください、とお出しされた猛攻のフルコースを丸5時間捌ききって、遠路はるばるトーキョーまで出てきたものの。
蒸し暑いトーキョーは、想像以上に地獄に近い場所らしい。
遠くから喧騒にまみれて、衛生部隊が押すストレッチャーの音が響いている。
「意識レベル下がってます、輸血準備できてますか?!」
「あと二人続けてくるから!道開けて!」
「獅子舞そこに停めんな!奥ずらせ馬鹿!」
「この人あっちね、その人は心臓マッサージ始めて何分?!」
緊迫、焦燥、悲壮。そんな、ただならぬ雰囲気が漂っていた。誰かの名前を呼びながら衛生隊に付き添う兵士たちの姿を、無感情に眺めながら、ハヤブサは思う。
これが──ここが、戦場か。
瀕死の重傷者が担ぎ込まれる前進基地。
指揮予定だった部隊は全滅、でも次のアテはある。
まるでパズルのピースだ。人事とはそういうものなのだろうが、この人が死んだから生きてる人を補充します、を機械的にできる自信は、自分にはない。
なにせシミュレーションでは、一人も死なせなかった。
所詮はシミュレーション、机上演習。それでも、死亡による欠員を出した経験は、一度もない。
それを実戦で、活かせればいいけど。
「待ってアラセちゃんマジで!勝手に行かないの!」
「だってここ暑いんだよ!早く終わらせよーぜ!」
「無茶言わないの!西方の暑いとこ出身でしょ?!」
「蒸し暑さがレベチなんだよッ!オレぁ耐えられねえっ!!」
ハヤブサが虚空を見つめていると、どこかから騒々しい声が聞こえてきた。
はじめまして池田です!バターナイフヴァリアント、よろしくお願いします!
カクヨム様でも同時投稿中です。
※※2025/6/28
加筆修正しました!