第一七四話 泣いたバルカローラ-01
国鉄の一部が復旧していた。工事車両に混じって、サラリーマンを乗せた営業バンや、運送業者のトラックが走っている。
人の多さに驚きながら、ハヤブサは陸軍の用意した黒塗りのセダンに乗り込んだ。
首都トーキョー。
地球外生命機動物ANTから全市を奪還して二ヶ月。復興は急ピッチで進み、民間人も数万人単位で戻ってきているという。
人間同士の戦争なら真っ先に狙われてもおかしくない、イチガヤにある国防省ビルも健在。
車はヒビひとつないアスファルトの上を滑るように走り出し、国防省の敷地を出た。
「このあと、トーキョーMIXテレビに寄ってアラセ陸士長を乗せたら、宿舎へ移動します」
運転手が告げる。
本来、大佐以上か、それに準じるクラスの将官しか乗ることを許されない高級車。
ハヤブサはジャカード織のシートに沈み込み、指先で木目調のドアトリムをなぞった。
「了解です」
これが、姫アリを二体倒した指揮官への待遇か……
トーキョーに着いて、ハヤブサは真っ先に国防省ビル地下にある大本営に呼び出された。
受けたのは、高級幹部と政府関係者からの感謝と激励。そして、近々大尉へ昇格させるとの内示。
偉くなりたい訳ではなかったが、指揮権限が増えるのはありがたいので、ぎこちない笑顔で握手を交わしたところだ。
車は工事現場の脇を抜け、仮舗装のアスファルトを踏み越え、トーキョー市内をひた走る。
街頭の大型ビジョンには「休止中」の紙が貼られ、秋風に寒々しく踊っていた。
「アラセ陸士長は、一部ではアイドル視されているようですよ」
運転手が不意に話しかけてきた。ハヤブサは窓の外から、前方へと視線を移す。
「……へぇ?」
「現役女子高生で、姫アリを仕留めた張本人。ちょっとキツい言い回しなんかもウケているとかで」
「……へぇ」
キツい言い回し、というのは少し笑える。
言葉だけじゃなく拳や足も飛んでくるし、視線だって鋭くてキツい。
それを、どれくらいの人が知っているんだろう。
「ハヤブサ中尉も似たようなものです。トーキョー解放の英雄ですし、スタイルいいですしね。民間から、戦争が終わる前に実写ドラマ化する案が出ていますよ」
「へ、へぇ……」
知らない間に随分と祭り上げられたものだ。
いっそアラセが軍のマスコットになり、戦場から離れてくれればもっと安心なのだが──それはそれで少し寂しく思ってしまう。
自分の身勝手さに辟易している間に、車はテレビ局の前へ。
ちょうど、数人の局関係者とガードマンを引き連れて、アラセがエントランスから出てくるところだった。
「よっと……お待たせ」
車に乗り込んだアラセの手には花束。車内が一気に生花のフローラルな香りで満たされる。
花も似合うんだ、なんて思ってしまった。
小柄な身体がすっぽりシートに収まるのがかわいい。
テレビ局のクルーに手を振り返すのが愛おしい。
車が走り出したあと、少し疲れた顔でスンッとなるのも。ちらっと横目でこちらを見てくるのも。
庇護欲が膨らんで、胸が苦しくなる。
ただ想うだけならいいか──と、気持ちにまで蓋をするのはやめた。
それでも浅くなる呼吸を隠したくて、ハヤブサは深く息を吸い込んで口を開いた。
「お疲れ様です。どうでしたか、CM撮影」
「意外とすぐ終わった、カメラに向かって敬礼するだけでセリフとか無かったし」
アラセの出演する軍のリクルートCMは、早ければ月内にも放映開始らしい。先日のニュース取材に引き続き、少しずつ軍の"顔"になりつつある。
「そうですか」
「……」
無言。
昨日、お互いに噛み跡を残し合ってから、視線が合うことはない。
恥ずかしさと後悔と、いろんな感情が混ざり合って平気ではいられなかった。
周囲に気取られたくはないので、世間話程度の会話は交わしているが。
ハヤブサは右側、アラセは左側の車窓に映るトーキョーの街並みを眺めながら、無音の車は戦禍の爪痕の残る都心を進んだ。