第十六話 歯ブラシ共のトッカータ-16
皇国内閣防衛大臣。
皇国軍大本営総大将。
皇国陸軍総隊指揮官。
皇国陸軍中央軍司令。
皇国陸軍東北軍司令。
皇国陸軍前線基地統括司令、、、
胸にたっぷり勲章をつけた、自分よりも5つ以上階級が上なオジサマや、なんとなく一度テレビで観たことのあるような顔の政治家達が10名ほど、それぞれ付き人を伴ってどっかりとソファに沈んでいた。
前線基地はどこもかしこも蒸し暑く、人の集まる食堂や、佐官以上の上級指揮官の集い場ですら、やんわりとした冷房しか効いていなかったが、さすがは元ファーストクラスのプレミアムラウンジ。しっかりと冷え除湿された空気が部屋を満たしていた。
――何故ここに。
アジサイの目線の先に、軍属ではない男の姿があった。正確には防衛大臣も選挙で選ばれた文民で軍人ではないが、彼ではない。
「楽にしたまえ」
お偉方のなかでは一番階級の低い少将の階級章をつけた前線基地統括司令が告げ、一列に並んだアジサイ達は一斉に休めの姿勢をとる。
足を少し開いて立ったからといって、別に休まらないが。
「君たちは――えぇ、中央軍第五十六強襲戦車中隊、コールサインはトゥースブラッシュで間違いないかな」
「は!!」
統括司令の問いに、凛と一声。
……間違いありません!そうであります!イエス、サー!なにかしら付け加えた方がよかったか?そのあたりはよく知らない、そこまでの礼儀作法を幹部候補生学校では教わっていない。
もしかしたら普通は教わるのかもしれないが、今は平時ではなく戦時だ。戦い方しか学ばされていない。
自分も、隣に立つハヤブサ少尉もきっと。
「優秀だと聞いている。先日のツルミ駅ではよく戦ってくれた。大打撃を負ったフォレストヒル中隊が、全滅を免れたのは、君たちのお陰だろう」
「いえ、とんでもありません」
全滅は確かに免れたかもしれない。でも、あと5分早く出撃できていれば。あと1分早くツルミブリッジを渡っていれば。もしかしたら、もっと速く着けるルートがあり、最適な合流地点があったかもしれず、まだ救えた命が増えたかもしれない。
今は反省会の場ではないが、そんな思いがどうしても首をもたげてしまう。
「しかし、何故歯ブラシというコールサインを?」
統括司令が問うたので、内省モードから意識を引き戻した。
はっと口を開き、一度閉じる。目線を一瞬タイヨウに向けかけて、位置的にも見えないし他人に頼るのはよくないと向き直る。
「えぇ、と……コールサインを決める前の作戦中、その、前進指示と後退指示を繰り返しておりまして、要は全体を見ながら適材適所な位置取りをしているつもり、だったのですが――それを、歯ブラシみたいにちょこまか動かすね、と言われたものですから……」
自分で言っていてすこし恥ずかしい。
前進し過ぎれば周りの部隊と歩調が合わなくなる。補給のためにも一度部隊を戻し、再度前進。右へ、左へ。また戻って態勢を立て直し、間髪入れずに前へ。
第五十六強襲戦車中隊として完結した直後の戦闘指揮で、アジサイのそんな指示をタイヨウが「歯ブラシみたいじゃねえか」と揶揄ったのが由来である。
歯垢を落とし汚れを一掃する歯ブラシと、敵の進撃を止めて安全圏を確保する動きが似ているようで、割と気に入ってはいるものの。
他人に、しかも階級がだいぶ上の上官に説明するのは照れる。
「なるほど……」
ほらーもーリアクション困ってんじゃん統括司令。
なんか申し訳ない。
「聞いての通り、君たちはCグループ第四陣として出撃し、エビナサービスエリアの確保に動いてもらう」
大将の階級章をつけた中央軍司令が、空気を変えるようにしわがれた声を出した。助け舟と思うことにし、視線を中央軍司令へ向ける。
「サービスエリアを確保し、敵の攻撃から守れ。増援は高速道路を使って進軍し、獅子舞2個中隊からなる第5陣が君たちと交代する」
――エビナまで進撃できればだけど。
アジサイは胸の中で小さく呟いた。第1陣から順に出撃して支配域を拡大し、第3陣がアヤセ市を確保しているのが前提の作戦だ。
前提が崩れた場合のセカンドプランは提示されていない。
自分の信頼する歯ブラシ達は、無事に作戦地点へ辿り着けるだろうか。それとも――何も成し遂げられずに終わってしまうかも。
中央軍司令がまだなにやら喋っており、とりあえずタイミングよく「了解」と返した。
「……では、市長からもひとこと」
陸軍総隊の大将が話し終えると、端に座っていた男性に声を掛けた。
グレーのスーツに青色のネクタイ。防衛大臣ですら迷彩服を纏っている中で、彼だけはフォーマルなビジネススーツに身を包んでいた。
ゆらり、と男性が立ち上がる。眉間に刻まれた深い皺の数々は、市政運営に携わってから年々濃くなっていることを、アジサイは知っていた。
「トーキョー特別市市長、帝都民擁党代表、陽菊アカツキです」
数名の幹部がアジサイを覗き見た。
「この作戦はあなた方にかかっています。帝都市民、1000万人の帰るべき家を、守ってくれることを期待します」
テレビで、ネット放送で、そして実家で何度も聞いた、抑揚のない穏やかな口調で。ノゾミから順にひとりひとりの目を見ながら、陽菊アカツキ市長は――アジサイの父親は、語りかけるように言った。
焦っていても苛立っていても、声を荒げてはいけない。多少、態度に出ることはままあっても。それが、人の上に立つ者が演じるべき道化だ。
そう言ってアカツキ市長は、幼い頃からアジサイを教育してきた。
市議会で、時には国会での審議で。記者会見でも演説でも、父が大声を出して喉を枯らしているところは見たことがなかった。選挙戦の最中でもである。
その落ち着きが市民の支持を得るのだと。
順番に中隊各位の目を見据えたアカツキ市長は、最後にアジサイの目を見て、告げた。
「頼むね」
もうすぐミリタリー色全開の戦闘パートにもどります!軍事色のお好きな方はもうちょっと待ってねー




