第十三話 歯ブラシ共のトッカータ-13
軍隊生活において存在しないのは、プライベートな空間だ。
特に、皇国最大級とはいえもとは民間空港に数師団単位の兵士を詰め込んだこの前進基地に、各兵士の個室が与えられることは当然無い。
階級の低い士や曹はもちろん、尉官であってもその数は数百人にのぼる。
そのため、周りに邪魔されない自分だけの場所を確保できるのは佐官クラス以上に限られる。
どこのトイレにも常に列ができるし、シャワールームや浴場も時間交代制で烏の行水。
基地の外へは基本的に出られないし、屋外をひとりで散策しようものなら警務隊に職質を受ける。
ハヤブサもまたトイレの列に並び、3分間ぴったりのシャワー(しかも若干ぬるい)を浴び、もとは待合室に使われていたベンチやソファはすべて占領されていたので断念し。
自隊である第八七強襲戦車中隊の車両係留地として指定されていた滑走路までやってきた。
先の戦闘で乗り込んだ、指揮車両として改造が施された軍用トラックの荷室。
そのベンチシートに腰掛け、そのままゆっくり沈み込んだ。
──疲れた。
サッポロからハネダまで空軍の輸送機で荷物のように運ばれ、着いた途端に戦闘・作戦指揮。順番が前後し、自隊との顔合わせ。
食事やらなにやらを済ませ、気付けば時計の針は5時に差し掛かろうとしていた。
トーキョーはどこもかしこも蒸し暑い。
屋内なんかは最悪だったが、今いる駐車場と化した滑走路は風が抜けるから、少しはマシだった。
『少尉に言うことじゃ無いってのは百も承知で、大変な無礼を申し上げるが──』
不意に、タイヨウの声がフラッシュバックした。
ミドリが蕎麦を取ってきてくれるといい場を離れ、タイヨウの向かいの椅子に座った途端だった。
目の前に唐揚げに目も向けず、タイヨウはまっすぐハヤブサの瞳を覗き込んで。
『随分と遅いお出ましでしたね、北方軍は』
北方軍という単語を、アジサイやミドリたちが戻ってきた後もタイヨウは一度も口に出さなかった。
『俺には南方軍にダチがいましてね。侵攻が始まった時、南方軍と西方軍、水陸機動師団、中央軍の一部と東北軍の即応機動大隊もみんな駆けつけて』
すっ、とタイヨウが短く息を吸う。
『みんな死にました』
思いを馳せるでもなく。淡々と告げて、タイヨウは白米を口に運んでいた。
南方軍や西方軍の彼らがどのように戦い、どのように散っていったかくらい、以前観た報道テレビの映像で知っている。
報道陣が詰め掛ける中、戦車砲が火を噴き、ロケットと無反動砲が乱れ飛び、生中継のカメラごとアリの波に飲まれて死んだ。
そのどこかに、タイヨウの友人がいたという。
当然、このあとに続く言葉をハヤブサは予想していて――それは一言一句違わず、的中した。
『 北方軍も援軍で来てくれていれば、もしかしたら死なずに済んだかも知れねえのに』
予想はできていても。
『っと、少尉に言うことではなかったですね。申し訳ない、忘れてくれ』
頭を下げたタイヨウに、返せる言葉は、なかった。




