未だ連絡のない元友人という乱入者がやってきて本音を聞いた日
「で、あの後どうだったの?」
ガタガタと走る馬車の中聞いてきたのはマレーナだ。ブレンダからお茶会に招待され向かっている途中である。話を聞きたいからとマレーナがフェリシアを迎えに来たのだ。馬車に乗って早々聞かれたのがこれである。
「前に進むのを手伝って欲しいと言われたわ」
「え!本当に!」
「ええ。ラーゲルベッグ公爵もこのままではいけないとちゃんとわかってらしたわ。
アリス様に負担をかけてしまっていることや、コンラード様たちに心配されていることもわかってらして、それでも踏み出せないでいたけど、踏み出すことにするって。
私はそれをお手伝いすることになったの」
「さすが、フェリシアだわ。テオ兄様の凍った心も癒やす、安らぎの存在ね」
「そんな大それたことしてないわ。癒やしてもないし。まだまだよ。たまにお話をしたりする約束をしただけ」
「でも、そうさせたのはフェリシアよ。コンラードは見る目があるわね。フェリシアに目をつけるだなんて。
私もフェリシアは安らぎの存在って思ってるの。一緒にいると心が安らぐわ。穏やかな声と優しい笑み。私を信じてくれている目。どれ一つ失くしたくないわ」
「ありがとう、マレーナ。私もマレーナと一緒にいると楽しいわ。子どもの頃からずっと変わらずに側にいて励ましてくれるのも感謝してる」
「ふふ。褒め合ってばかりね。でもテオ兄様が踏み出してくれたら嬉しいわ。フェリシア、引き続きお願いね」
フェリシアはその言葉に頷くと、その後は別の話題で話しながら過ごした。
相変わらずマレーナはそこそこ公務に忙しいらしい。今は遠くの領地の視察要請は全て後回しにしているそうだ。
今はやりたいことがあるから王都を離れたくないらしい。何をしているのかはそのうち教えてくれるそうだ。何だか楽しそうにしているから、きっと楽しいことに違いない。
マレーナが楽しそうだとフェリシアも嬉しい。教えてくれるまでじっと待とうとフェリシアは思った。
ブレンダの邸に着くと、ブレンダが出迎えてくれた。
「二人ともようこそ。さあさあ、庭に行きましょう」
ブレンダが話したいことがあるのか、庭園を見る間もなくお茶会の席に着かされた。
「はあ。急な招待に応じてくれありがとう。
もうね、私一人じゃ抱えきれなくて」
何か問題でも起こったのかブレンダの顔が曇っている。
「エミリアがまた来たの」
「「え?」」
「あの子まだブレンダに助けてもらおうとしているの?」
マレーナの顔も曇った。
「それだけだったらまだ良いんだけど、何だか付いていけないというか」
ブレンダが言い淀むのは珍しい。はっきりきっぱり言うのがブレンダだ。
「何を言われたの?」
マレーナが話を急かす。
「イクセルと別れるから私たちと友だちに戻りたいって」
フェリシアは息を呑んだ。じゃあなんだったのか?これまでのことは。何故あんなことをしたのか?そんなことが何故言えるのか理解できない。
「無理よ」
マレーナが一言で切った。声が怒っている。
「私もそう言ったわよ。やったことの責任は自分で取れってね。
今更別れるならもっと前に別れていれば良かったでしょ?って言ったら、もうね、ああそういうことねって。思ったわ」
ブレンダが頭を振っている。付いていけないと言うように。
「イクセルが跡継ぎじゃなくなったから別れるって。領地なんかで過ごしたくないって」
「そんな、」
フェリシアは言葉を失った。これまでは何だったのか?何をしたかったのか?イクセルが侯爵家の跡継ぎだからフェリシアを裏切ってまで手に入れて、跡継ぎでなくなれば別れたいような存在だったということなのか?
そんなことで消える薄っぺらい愛に多くの人が振り回されたのだ。なんて身勝手なとフェリシアは沸々と怒りが湧いてきた。
「何それ?それでイクセルを捨てて、私の友人であった方がいい男を捕まえられるってこと?
バカにしてるわ。私のこともフェリシアのことも、ブレンダのこともね。
ブレンダに言えば何とかしてくれるって思っているのが甘いわ。お姉さん気質のブレンダなら許してくれて何とかしてくれるって思ったんでしょうけど、ブレンダだってそんなの受けるわけないじゃない」
「はぁ。私に何とかして欲しいって言うんだけど、どうにもできないって言ったの。
そうしたらね、あなたは侯爵家の跡継ぎと婚約していて余裕だからそんなことが言えるんだって。何なのかしらね?
私は侯爵家の跡継ぎだから婚約したんじゃないって言ったわよ。親戚に紹介されて、何度か会って話したら気が合ったから婚約したんだって。
すっごい顔で睨まれたわ。
結局、一つ上の爵位の跡継ぎと結婚したい。身近でそんな人を紹介されることもないし、申し込みもない。なら友人から奪ってやろう。
だけど奪ってみたけど跡継ぎじゃなくなったからいらない。次の相手を探すには王女の友人の立場が欲しい。こんな感じ」
それは、フェリシアだけではなく、ブレンダとマレーナも侮辱した発言だ。
自分に有利になるように行動するのは構わない。だが、それで一度裏切ってまた戻りたいとはいくら何でも裏切られた側は受け入れられない。何故そのことに気付かないのか。
マレーナを見ると明らかに不快な顔をしている。
「冗談じゃないわ。元に戻る気なんて微塵もない。私は嫁入り先を探すための道具じゃないの」
「そうね、イクセル様と結婚して領地で過ごしてもらいたいかな。今更そんなこと言われてももう時間は巻き戻らないしね」
フェリシアは温かいお茶を飲んで一息ついた。余りにも身勝手な発言に怒りを通り越して呆れてきた。マレーナはそんなことを言われてじゃあ今まで通り、と言う性格ではない。もし言ったとしたら、その言葉の裏には何かある、と思わなければならない。マレーナは王女なのだ。意に沿わぬやり方で自分を利用させるようなことはさせない。
「でしょ?私も大人しくイクセルと結婚して領民の為に働けって言ったわよ。何がイクセルと別れるよ。別れる別れないが問題なわけじゃないのに。あんなに自分勝手だとは思わなかったわ」
「まあ、フェリシアから奪うのも心地良かったんじゃないの?イクセルなんて簡単に落とせたでしょうね。元々フェリシアに不満があったんだし。似た者同士だわ。
そんなことより、ブレンダ、聞いてよ。この前ね、」
マレーナがこの前のお茶会での話をブレンダにすると、みるみるブレンダの顔が怒りの表情に変わっていく。
「信じられない!叩くなんて!跡継ぎになれなかったのは自分の責任でしょ?何もかもフェリシアのせいにして!
本当に結婚する前にわかって良かったわ。こうなると逆にエミリアに感謝ね。こんな男だって気付かせてくれて。
あー、嫌だ。もう最低だわ!」
ブレンダがそう言った時だった。
「お待ちください!」
そんな声が聞こえたと同時に人が走ってくる音が聞こえた。
三人でそちらを見るとエミリアが走ってきた。
「お茶会するなら私も呼んでくれたら良かったのに」
本気で言っているのか?どこまでも感覚が自分たちとズレている。
「あなたの席はないわよ」
マレーナがエミリアに告げる。
「そ、そんなこと言わないでよ。フェリシア、ごめんね。私、イクセル様と別れるから。だから婚約し直しても良いし、」
スッとマレーナの目から輝きが失せ表情もなくなった。
「どの口がそんなこと言っているの?フェリシアはイクセルと婚約し直しても良い?するわけないじゃない。あなたのおかげで結婚せずに済んで良かったと今話していたところよ。
だからあなたには感謝しているの。フェリシアがダメ男と結婚せずに済んで助かったって。あなたはそのダメ男とこのまま結婚しなさいな。
友人から奪ってでも欲しかった相手なんでしょ?」
マレーナの中で本気の怒りが爆発している。あの目で見られてそのままその場に留まれる人はそうそういない。だがエミリアは違うようだ。
「マレーナ、前みたいにエミリアって呼んでよ。友達でしょ?」
「あなたに名前を呼ばれたくないわ。呼びたくもない。まだわからないの?」
「そ、そんなこと言わないで、また一緒に出掛けたりしましょうよ。
私が悪かったわ。それはわかっているの。イクセル様に惹かれてしまってしてはいけないことをしてしまったわ。でも間違いに気付いたから別れることにしたの」
「はっ、この前私に言っていたことをマレーナたちに言ってないとでも思っているの?
侯爵家の跡継ぎじゃなくなったからいらなくなっただけでしょ?」
「そ、それは。でも本当に悪いことをしたと思っているの。フェリシアごめんね」
エミリアがフェリシアに救いを求めてくる。フェリシアが許せば二人も許してくれると思っているのだろう。甘く見られたものだ。
「あなたからの謝罪は今初めて聞いたわ。謝罪にも来ないし、謝罪の手紙もない。
もう許す許さないの段階じゃないの。私とあなたの関係は切れたの。完全に。
マレーナとブレンダがあなたとの関係をどうするかは二人が決めること。私がどうこうするものではないの」
フェリシアは静かに伝えた。二人が怒ってくれている。なら、フェリシアはそれに甘えて落ち着いて対応するだけ。
そんなフェリシアにエミリアがぶるぶると体を震わせている。怒っているようだ。
「何よ!澄ました顔して!いっつもそう!自分は侯爵家の娘な上、父親の仕事柄婚約者なんて選び放題のくせに!一人いなくなったって直ぐに次が見つかるんだから、大袈裟にする必要なんてなかったでしょ!そしたらイクセル様は跡継ぎのままで私は侯爵夫人になれたのに!」
「それが本音ね?あなたの本音が聞けて良かったわ。心置きなく他人になれる」
「酷い!自分は良いものばかり持っているのに少しも他に譲らないなんて!」
「何が言いたいの?」
「陛下の最側近の父親で侯爵家の長女。そして王女の一番の友人。王女と親しくなりたければまずフェリシアと仲良くならないとならない。
学園時代他の学園生たちが言っていたわ。でもフェリシアは自宅で大きなお茶会を開催したりしないから近づく術がないって。
王女主催のお茶会でも隣はいつもフェリシア。マレーナがあちこちの机を回っても必ずフェリシアの横に戻るのよ!」
「だから何?私がどこに座ろうと私の自由だわ。私がフェリシアを選んでいるの。途中平等にどの机も回るんだから、最初と最後くらいは好きな席に座りたいの。ただそれだけ。
あなたの怒りはどこから来るのかしら?伯爵家の長女で家も裕福だからお金に不自由していない。しかも王女の友人の座も手に入れた。
それ以上を望むなら私たちを怒らせる必要はなかったでしょうに」
マレーナの声は淡々としていて感情が全く読み取れない。
「そんなのわからないわよ!何故かわからないけど私に来る縁談の相手はかなり年上か爵位が同じ伯爵家ばかり。
ブレンダは伯爵家なのに侯爵家から縁談が来たのに!フェリシアだって侯爵家!しかも貴族議会の議長の家門。二人は良い条件の人と婚約できたのに私にはちっとも来ない!
だから良いところにいたから声をかけたら直ぐに私のところに来たわ!フェリシアはつまらないんだって!一緒にいても肩が凝るって!
だから私が良いって言うから付き合っただけよ!私から捕まえに行って何が悪いの?どうして私の幸せを壊すのよ!自分たちばかり良い思いして!」
エミリアは叫ぶだけ叫んで肩で息をしている。
「あなたが壊したから壊れたのよ」
マレーナの声で静まり返った。
そう、壊したから壊れた。壊れやすいものを作って自分で壊しただけ。
「どうして間違ったことをした友達を許してくれないの?私謝ったじゃない。友達なら私が幸せになれるように力を貸してくれても良いじゃない」
エミリアが俯きつぶやいている。
「何もかも遅いの。全てにおいて。それくらいわかるでしょ?イクセルとお幸せに」
マレーナはそう言うとエミリアから視線を外しケーキを食べ始めた。
「フェリシア。ねえ、助けてよフェリシア!」
エミリアがフェリシアに縋って肩を掴んでくる。でも遅いのだ。
「ねえ!ねえってば!フェリシア助けて!いつも私が困っていたら助けてくれたじゃない!」
遅い、遅いのだ。肩を離して欲しい。
「あなたの力になれないわ。他を当たって」
エミリアの手がだらりと下がり何も言わずに去っていった。それを三人で黙って見ていた。
「何だったのかしらね?」
マレーナの目に輝きが戻っている。
「まあ、私とフェリシアが妬ましかったってことよね。まとめると」
「そうね。何が幸せかなんてその人によって違うけど、エミリアが欲しかった幸せを私が持っていた。だから欲しくなって手を出した。そういうことね」
「バカよね。手を出す前に、そういう人を紹介して欲しいって言えば探すのを手伝ったのに。何故相談せずに、手を出したのかしら?」
ブレンダが首を傾げている。
「だから前に言ったでしょ。フェリシアになりたかったのよ。フェリシアに憧れ、それが拗れて奪って成り代わろうとした。そして浅はかな考えが失敗しただけ。さあ、もうスッキリ終わりましょう」
マレーナがそう締め括る。
その後は三人で当たり障りない話をした。誰もエミリアを救えないし救わない。フェリシアは心の中で虚しいものを抱えながら、もう終わったことだと言い聞かせた。